広がる坂東
八月初旬、小田城。
夏の評定は一日では終わらなかった。
信濃では戦が続き、東北でも諸将が兵を挙げている。しかし関東は不思議なほど静かだった。
その理由を氏治は静かに語る。
「兵は兵糧なくして動かぬ。」
「我らは昨年より各地の米を買い集め、土浦、水戸、小田、恋瀬川橋城へ備蓄してきた。」
「敵が兵糧集めに苦しむ間、我らは国を豊かにする。」
軍議はほどなく終わり、広間は品評会の場へと姿を変えた。
この日の主役は真壁領の畜産である。
運ばれてきたのは、放牧で育てた豚、規格外のジャガタラ芋を食べさせた豚、酥を作る際に出るホエーや醤油の搾りかすを餌にした試験飼育の豚。
さらに羊肉、アヒル料理、牛乳、酥、蒸したジャガタラ芋と琉球芋が並ぶ。
真壁は帳面を開き、一つひとつ説明した。
「餌を変えることで肉質が変わります。」
「特にジャガタラ芋やホエーを与えた豚は獣臭さが少なく、脂にも甘みが出てまいりました。」
「まだ試験段階ですが、記録を積み重ね、坂東独自の豚を育てたいと考えております。」
諸将は食べ比べながら感心の声を上げる。
氏治も満足そうに頷いた。
「戦だけでなく、食にも坂東の名を刻もうというわけだな。」
真壁は続けた。
「ジャガタラ芋は今年の収穫をほとんど種芋として保存しております。」
「坂東中へ広めるには、あと数年お待ちいただきたく存じます。」
「焦って配るより、まずは確実に増やします。」
氏治は静かに笑った。
「急がぬことも政である。」
「よい判断だ。」
やがて氏治は立ち上がり、真壁を見据えた。
「真壁。」
「今回の功績、見事であった。」
広間が静まり返る。
「ジャガタラ芋の導入。」
「豚の改良。」
「真壁領の開墾。」
「石岡における屠殺場、加工場、肉市場の整備。」
「坂東農業公社の柱となる事業を、お前は短期間でここまで形にした。」
真壁は深く頭を下げた。
「身に余るお言葉にございます。」
氏治は続ける。
「笠間との縁も結ばれた。」
「今後は真壁領だけではない。」
「笠間領の開墾と産業育成も、お前に任せたい。」
笠間の当主も立ち上がり、一礼した。
「どうかお力添えをお願いいたします。」
しかし真壁は静かに首を下げた。
「ありがたき命にございます。」
「ですが石岡、真壁、笠間までとなりますと、一人では目が届きませぬ。」
「そこでお願いがございます。」
「我が弟、幹永を北浦へ遣わしたく存じます。」
「幹永には北浦で牛の改良を進めさせ、乳牛と肉牛の育成を担わせます。」
「あわせて琉球芋の栽培を広げ、新たな耕地を開かせとうございます。」
氏治は満足そうに頷いた。
「よい。」
「幹永に北浦を任せよう。」
「兄は石岡・真壁・笠間、弟は北浦。」
「兄弟で坂東を支えるのだ。」
そして氏治は、側に置かれていた坂東楯の試作品を手に取った。
「最後に、牛について一つ命じる。」
諸将の視線が集まる。
「牛は乳を生み、肉を生む。」
「だが今、坂東にとって最も重要なのは革である。」
氏治は楯を軽く叩いた。
「鉄砲を増やせば、それを守る楯も増やさねばならぬ。」
「よって当面、牛革は坂東楯の製造を産業上の最優先事項とする。」
真壁は力強く頷いた。
「承知いたしました。」
「石岡では革を傷めぬよう解体法を改め、鞣し職人も育成いたします。」
宍戸も続ける。
「革の加工場も整えましょう。」
氏治は静かに言った。
「牛は一頭たりとも無駄にするな。」
「乳は酥へ。」
「肉は民の糧へ。」
「角は弓や工芸へ。」
「骨は道具へ。」
「そして革は坂東楯となって兵を守る。」
「産業は国を富ませ、国の富は兵を支える。」
「それこそが坂東の国造りである。」
評定の間にいた諸将は一斉に頭を下げた。
こうして数日に及んだ夏の評定は、戦の相談ではなく、坂東の未来を築くための新たな事業と役割を定める評定として、歴史に刻まれることとなった。




