小田城、愛の評定
真夏の陽光が小田城を照らし、坂東の諸将が本丸評定の間へと集っていた。
宇都宮、大掾、結城、真壁、宍戸、鹿島、笠間――。
氏治は上座に座ると、一同を見渡して静かに口を開く。
「始めよう。」
まずは鹿島政道が各地の情勢を報告する。
「信濃ではなお争いが続いております。」
「東北でも兵が動き、小競り合いは絶えませぬ。」
一同は静かに耳を傾けた。
「しかし関東では、この夏、大きな軍勢を動かしたとの報せはほとんどございません。」
氏治は頷いた。
「兵は米で動く。」
「昨年より越後や上野から米を買い集め、土浦、水戸、小田、恋瀬川橋城へ備蓄してきた。」
「兵糧を押さえれば、大軍はそう易々とは動けぬ。」
治彦も続ける。
「敵が戦をしている間に、こちらは国を豊かにする。」
「それが今の坂東の強みですね。」
軍議はほどなく終わった。
氏治は笑みを浮かべる。
「さて、ここからが今日の主役だ。」
「真壁、公社の成果を披露してくれ。」
障子が開き、料理が次々と運ばれてくる。
放牧で育てた豚。
規格外のジャガタラ芋を食べさせた豚。
酥を作る際に出る乳清や、醤油の搾りかすを餌に混ぜた豚。
羊肉、アヒル料理、牛乳、酥、蒸したジャガタラ芋と琉球芋。
真壁は帳面を開いた。
「餌を変えることで肉質が変わることが分かってまいりました。」
「特に芋や乳清を与えた豚は獣臭さが薄れ、脂に甘みが出ます。」
諸将は食べ比べながら感心する。
宇都宮尚綱は豪快に笑った。
「これは旨い!」
宍戸も静かに頷く。
「同じ豚とは思えませんな。」
氏治は満足そうに杯を置いた。
「食もまた学問か。」
「記録を重ねれば坂東だけの畜産が生まれよう。」
続いて氏治はジャガタラ芋を手に取る。
「評判は上々だ。」
「坂東中へ広める日は近いか。」
真壁は首を横に振った。
「今年は種芋を増やす年にございます。」
「数年お待ちいただければ、坂東中へ十分な量を配ることができます。」
「今は未来のために増やすことを優先しております。」
氏治は満足そうに頷いた。
「焦らぬことも政である。」
和やかな空気が広間を包む。
その時、氏治がふと思い出したように笑った。
「そういえば真壁。」
「土浦の展示会で酥を配っていた娘、実によく働いておったな。」
真壁の表情も自然と和らぐ。
「はい。公社でも館でも、人一倍よく働く娘でございます。」
その言葉を聞いた笠間氏が静かに立ち上がった。
「氏治様、真壁殿。」
「実は私から一つお願いがございます。」
広間は静まり返る。
笠間氏は真壁へ向き直り、深く一礼した。
「真壁殿ほどのお立場ならば、我が家としても礼を尽くしたく存じます。」
「どうか正室腹の娘をお迎えいただき、両家の縁を結んでいただけませんでしょうか。」
諸将は皆、当然の申し出だと頷いた。
家と家を結ぶ婚姻としては最も正式な形である。
しかし真壁は静かに立ち上がると、笠間氏へ深く頭を下げた。
「身に余るお申し出、誠にありがとうございます。」
「ですが、一つだけ私の願いをお聞きください。」
広間は水を打ったように静まり返る。
真壁はまっすぐ笠間氏を見つめた。
「私は、土浦で酥を配っていた、あの娘を妻に迎えとうございます。」
どよめきが起こる。
真壁はゆっくりと言葉を続けた。
「私はあの人と石岡・真壁で共に汗を流し、家畜を育て、公社を支えてまいりました。」
「失敗も成功も分かち合い、互いに助け合って今日があります。」
「見ず知らずの方よりも、共に働き、共に歩んできたあの人と、生涯を共にしたいのです。」
「私が選ぶのは家柄ではなく、人柄でございます。」
笠間氏はしばらく黙っていた。
やがて穏やかに笑みを浮かべる。
「……そうでございましたか。」
「あの娘を、そのように見てくださっていたとは。」
「庶子ではありますが、あれもまた私の大切な娘。」
「そこまで望んでくださるのであれば、父としてこれほど嬉しいことはございませぬ。」
「喜んで真壁殿へ託しましょう。」
真壁は深々と頭を下げた。
「必ず、生涯大切にいたします。」
その姿を見た氏治は勢いよく立ち上がる。
「見事だ。」
「家のためだけではない。」
「共に働き、互いを知り、人柄を見て結ばれる。」
「そのような縁こそ、坂東が誇るべき良縁である。」
そして諸将を見渡した。
「この縁組、私一人だけが証人では足りぬ。」
「この場にいる坂東の諸侯、皆で証人となろうではないか!」
宇都宮尚綱が真っ先に立ち上がる。
「異存なし!」
結城、大掾、宍戸、鹿島、笠間も次々と杯を掲げた。
「我らも証人となろう!」
「末永き幸せを!」
祝福の声が評定の間に響き渡る。
氏治は笑いながら真壁の肩を叩いた。
「真壁、これだけ証人がおれば、もう逃げられぬぞ。」
広間は大きな笑いに包まれた。
この夏の評定は、戦を語る場ではなく、坂東の実りを祝い、新たな良縁を諸侯すべてが祝福する、忘れ得ぬ評定となったのである。




