土浦を沸かせた酥
七月。梅雨が明けた自由都市土浦は、多くの旅人や商人で賑わっていた。
その中央広場では、坂東農業公社主催の試食展示会が開かれている。
石岡・真壁一帯で育てられた豚肉、羊肉、アヒル料理、蒸したジャガタラ芋と琉球芋、牛乳、そして新たに生まれた乳製品「酥」。
利益を得ることよりも、まず人々に味を知ってもらうことが目的だった。
「豚とはこんなに柔らかいのか。」
「羊も臭みが少ない。」
「芋だけでも腹いっぱいになるぞ。」
試食した者たちは口々に感想を述べ、商人たちは帳場へ駆け寄って注文を書き込んでいく。
羊毛も人気だった。
軽く暖かな織物は武士にも町人にも好評で、注文は次々と積み重なる。
さらに霞浦兵学館からも使者が訪れた。
「寮の冬布団と冬衣に羊毛を用いたい。」
「継続して納めていただけるだろうか。」
真壁は笑顔で応じた。
「もちろんです。石岡・真壁で増産いたします。」
しかし、この日の一番人気は酥だった。
会場を訪れた氏治は、試作品を一口味わうと満足そうに頷く。
「これは良い。」
「兵の糧にもなり、祝いの席にも出せよう。」
その一言で人々が押し寄せた。
「酥を食べさせてくれ!」
「どうやって作るのだ!」
「うちでも売りたい!」
「弟子にしてくれ!」
展示台の前には長い列ができ、公社の者たちは嬉しい悲鳴を上げる。
その中心で忙しく酥を切り分けていたのは、一人の若い娘だった。
汗を拭きながらも笑顔を絶やさず、訪れる人々へ丁寧に酥を手渡している。
氏治はその姿を見て真壁へ尋ねた。
「あの娘は、よく働くな。」
真壁は穏やかに笑った。
「実は、この酥が生まれるきっかけを作った者です。」
「牛乳へ誤って酢を入れてしまった娘でございます。」
氏治は思い出したように笑う。
「ああ、その話か。」
真壁は頷いた。
「あの時、失敗を隠さず持ってきてくれたおかげで、鹿島神宮で修行していた頃、神官から聞いた『酥』の話を思い出しました。」
「だからこそ今があります。」
氏治は感心したように娘を見つめる。
「呼んでくれ。」
娘は慌てて駆け寄り、深く頭を下げた。
「お呼びでしょうか。」
氏治は優しく笑う。
「今日、多くの者が酥を味わえるのは、お前が失敗を隠さなかったからだ。」
「見事であった。」
娘は目を潤ませながら頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます。」
氏治はふと真壁へ向き直る。
「ところで真壁、この娘、立ち居振る舞いがただの奉公人には見えぬな。」
真壁は少し照れくさそうに答えた。
「笠間殿の庶子にございます。」
「ご縁があって、今は我が館で預かり、奥向きの仕事を学ばせております。」
氏治は何度も頷いた。
「なるほど。」
「働き者で、気立ても良い。」
「しかも家柄も申し分ない。」
そして、いたずらっぽく笑った。
「真壁。」
「年頃もちょうど良いではないか。」
「お前には実によく似合いの娘だ。」
真壁は思わず咳き込み、耳まで赤くなる。
「氏治様、それはご勘弁ください。」
娘も顔を真っ赤にして俯き、何も言えなくなってしまった。
その様子に周囲の家臣や商人たちは一斉に笑い声を上げる。
氏治も声を立てて笑った。
「ははは! 坂東を豊かにするには、良き縁もまた大事だからな。」
真壁は苦笑しながら頭をかき、娘は恥ずかしそうに酥の皿を運び続けた。
夏空の下、笑い声に包まれた試食展示会は、新しい坂東の食文化と、人と人との新たな縁を結ぶ一日となったのであった。




