石岡真壁畜産圏
土浦での評定を終えた真壁幹久は領内へ戻ると、石岡・真壁一帯を坂東随一の畜産地へ育てるため、すぐさま動き始めた。
まず、坂東農業公社で試験運用していた屠殺場や加工場、肉卸市場の仕組みを民間へ広げる。新たに建物を建てるだけではなく、使われなくなった蔵や納屋を改修し、加工場や燻製小屋、集荷場として活用した。石岡と真壁を結ぶ街道沿いには家畜市が設けられ、牛、豚、羊の売買が盛んになっていく。
同時に、新作物であるジャガタラ芋と琉球芋の栽培も始まった。
真壁は当初、小規模な試験栽培から始めるつもりだった。しかし、ルソンやシャムから来た傭兵たちは笑って言った。
「故郷では幼い頃から育てております。植え方も収穫も心得ています。」
その言葉を聞いた真壁は即座に方針を改め、公社に保存する分を除く種芋を石岡・真壁一帯の畑へ一斉に植え付けるよう命じた。傭兵たちは百姓たちに栽培法を教え、各地で畑が広がっていった。
さらに、牛の改良計画を耳にした傭兵たちは、新たな提案を持ちかける。
「牛だけではありません。鳥も異国のものを試してはいかがでしょう。」
「シャムの鶏は日本の鶏とは味も産卵も違います。」
真壁はその意見を採り入れ、鹿島政道を通じてシャムから良種の鶏を取り寄せる計画を立てた。
続いて傭兵たちは、家畜を扱うには専門家が必要だと進言する。
「牛も馬も豚も羊も鳥も、それぞれ病や産仔の知識があります。」
「人を診る医者とは別に、家畜を診る家畜医を育てるべきです。」
真壁は深く頷き、石岡・真壁の試験場で若者を家畜医として育成するよう命じた。異国の知識を書き留め、経験を積ませながら、坂東独自の畜産技術を築いていく。
最後に傭兵たちは、広大な耕地と放牧地には犬が欠かせないと説いた。
「犬は牛や羊をまとめ、夜盗や狼を追い払い、畑や牧場を巡回できます。」
「良い犬は一人分以上の働きをします。」
真壁はこれにも賛同し、牧畜犬や番犬として優れた犬の導入と繁殖を決めた。
こうして石岡・真壁一帯は、屠殺・加工・流通、芋の大規模栽培、牛・豚・羊・鶏の改良、家畜医の育成、そして牧畜犬の活用までを備えた、坂東最大の畜産・農業地帯として歩み始めるのであった。




