土浦の夕暮れ
坂東評定を終えた夕刻。
真壁幹久は供を一人だけ連れ、自由都市土浦の町へ足を運んだ。
評定のたびに訪れていた町だったが、その姿は来るたびに変わっていた。
往来には荷車が絶えず行き交い、商人たちの威勢のよい声が響く。
堺や博多から来た商人に混じり、福建の華人、ルソンやシャムの者たちまで店を開いている。
耳に入る言葉も、もはや日本語だけではなかった。
兵学館へ向かう若者たちは教本を抱え、異国の教官と談笑しながら坂道を登っていく。
港へ目を向ければ、荷を積み降ろす船が並び、倉庫では米や陶器、味噌、醤油、蒸留酒が次々と運び込まれていた。
「……見事なものだ。」
真壁は思わず呟いた。
「城下町というより、一つの国を見ているようだ。」
供の家臣も感心したように頷く。
「氏治様のお考えが形になっておりますな。」
真壁は市場を歩き始めた。
一軒の店先で足が止まる。
木樽が並び、異国の商人が赤紫色の酒を勧めてきた。
「大将、葡萄酒はいかがです。」
真壁は杯を受け取り、一口含む。
果実の香りが広がり、蒸留酒とは違う穏やかな味わいだった。
「これは良い。」
「一本いただこう。」
さらに市場を巡る。
今度は苗木や種を並べた店が目に入った。
「これは何だ。」
「葡萄の苗でございます。」
「土地が合えば毎年実を付け、酒にもできます。」
真壁は苗を一本手に取る。
「これもいただこう。」
「真壁でも育つか試してみたい。」
さらに歩くと、羊毛で織られた衣を売る店があった。
真壁は袖へ触れる。
「軽い……。」
「暖かいな。」
店主が胸を張る。
「羊毛でございます。」
「異国では冬の必需品です。」
真壁は迷わず一着買い求めた。
「羊を育てるなら、まず完成した品を知らねばならん。」
翌日。
真壁は真壁領のベースキャンプへ戻ると、公社の役人、領民、華人、倭寇、ルソンやシャムの傭兵たちを集めた。
机の上へ羊毛の衣と葡萄酒、そして葡萄の苗を並べる。
「土浦で面白いものを見つけてまいりました。」
皆が興味深そうに覗き込む。
機織り職人は羊毛の衣を手に取り、糸を確かめた。
「これは作れます。」
「羊毛さえ十分に採れれば、機織りで再現できましょう。」
真壁は嬉しそうに頷く。
「それは頼もしい。」
「羊を殖やす甲斐がありますな。」
続いて葡萄酒の瓶を掲げる。
「こちらは葡萄酒。」
「真壁でも造れれば、新たな名産になります。」
しかし、誰も葡萄栽培の経験はなかった。
真壁は静かに宍戸政繁へ向き直る。
「宍戸殿。」
「はい。」
「土地のことは私より宍戸殿のお力です。」
「真壁領で葡萄が育ちそうな丘や斜面を見立てていただけませんか。」
宍戸は地図を広げながら頷いた。
「承知いたしました。」
「南向きで水はけの良い丘陵を探してみます。」
「いくつか心当たりがございます。」
真壁は深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
「武は私の務めですが、土を知ることでは宍戸殿には敵いません。」
宍戸は穏やかに笑った。
「橋城も農業公社も、まずは試すことから始まりました。」
「葡萄も同じです。」
「少し植え、土地に合うか確かめましょう。」
真壁は満足そうに頷く。
「何事も一歩ずつ。」
「皆の知恵を借りながら、この地をもっと豊かにしてまいりましょう。」
ベースキャンプの外では、羊が草を食み、猪が鼻で土を掘り返し、象がゆっくりと荷を運んでいた。
その片隅には、小さな葡萄の苗が静かに植え付けの日を待っていた。
真壁領では今日もまた、新しい実りの種がまかれようとしていた。




