8月坂東評定、新たな柱
八月。
盛夏の陽射しの下、小田城には半年ぶりとなる坂東評定が開かれた。
坂東各地から諸将が続々と参陣する。
宇都宮尚綱を先頭に、那須、佐野、そして館林を治める赤井ら下野の諸将も姿を見せた。
赤井は館林から利根川を越え、この日のために小田城へやって来たのである。
氏治は一同を迎えると、評定の間へ腰を下ろした。
「皆、遠路ご苦労でした。」
「本日は坂東の今後を決める大切な評定です。」
やがて氏治は数通の巻物を取り出した。
「まず、将軍家より正式な御教書が届いております。」
広間は静まり返る。
氏治は最初の巻物を広げた。
「宇都宮尚綱を下野守護に任ずる。」
どよめきが広間を走る。
氏治は尚綱へ向き直った。
「尚綱殿はこれまでも下野をまとめてこられました。」
「しかし本日よりは、将軍家より正式に任ぜられた下野守護です。」
「下野一国の取りまとめをお願いいたします。」
尚綱は深く頭を下げた。
「身に余る光栄。」
「下野一同、坂東のため力を尽くします。」
那須、佐野、赤井も揃って一礼した。
「異存ございません。」
続いて氏治は二通目の巻物を開く。
「大掾氏を下総守護に任ずる。」
大掾は静かに立ち上がった。
「ありがたき幸せ。」
氏治は続ける。
「下野は宇都宮殿。」
「下総は大掾殿。」
「それぞれが国を治め、坂東を支える柱となっていただきます。」
すると大掾は一歩前へ進み、氏治へ頭を下げた。
「氏治様。」
「一つ申し上げたいことがございます。」
「どうぞ。」
「我らは今後、下総の政務に力を尽くします。」
「ゆえに、常陸国内に残る大掾家の所領につきましては、庶流である真壁へ一任したく存じます。」
広間が静まり返る。
真壁幹久は思わず目を見開いた。
「……私に、でございますか。」
大掾は力強く頷いた。
「橋城を築き、農業公社を興し、領地を豊かにした。」
「その働きを見れば、お前以上に任せられる者はおらぬ。」
真壁は静かに立ち上がり、深々と頭を下げた。
「身に余るお言葉。」
「必ずや期待に応えてみせます。」
氏治も満足そうに頷いた。
「これで坂東の役割はより明確になりました。」
「常陸は私と真壁殿。」
「下野は宇都宮殿。」
「下総は大掾殿。」
「互いに支え合い、坂東を治めてまいりましょう。」
諸将が一斉に頭を下げる。
その時、大掾がふっと笑みを浮かべた。
「真壁。」
「はい。」
「一つだけ注文がある。」
真壁は姿勢を正した。
「何なりと。」
大掾は腕を組みながら笑った。
「急がなくてよい。」
「だが、早く良い娘をもらえ。」
一瞬、評定の間は静まり返る。
そして次の瞬間、大きな笑い声が響いた。
宇都宮尚綱は膝を叩いて笑い、那須も佐野も赤井も肩を震わせる。
真壁は赤鬼と恐れられる武将でありながら、珍しく頬を赤くした。
「……橋城や公社のことばかり考えておりました。」
「嫁取りは、そのうちと思っておりましたが……。」
「その『そのうち』が一番いかん。」
大掾は豪快に笑う。
「家を守るとは、城を築くことだけではない。」
「家を継ぐ者がおってこそ、一族は続く。」
氏治も笑みを浮かべた。
「真壁殿。」
「橋城も、公社も、大切です。」
「ですが、大掾殿のお言葉も、領主としての大事な務めですね。」
真壁は照れくさそうに頭を掻いた。
「承知いたしました。」
「一つずつ務めを果たしてまいります。」
再び笑いが広がる。
重々しかった評定の間は、和やかな空気に包まれた。
こうして坂東は、国ごとの統治体制を整えながら、笑いの絶えない結束をさらに深めていくのであった。




