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長き正月評定――畿内、西へ動く

1571年正月の評定は、例年になく長引いていた。


北方交易。


樺太。


宗谷。


室蘭。


函館。


津軽。


葛西。


鹿島父子の配置。


大掾義康の北方航路整備。


少弐冬明の第二次北方遠征。


そこまで話しても、まだ終わらない。


今度は畿内だった。


氏治が佐野昌綱を見る。


「では、京の方はどうなっている」


佐野は軽く息をつき、膝の前に置いていた書付を開いた。


「織田信長は、去年ずいぶん痛い目を見ています」


1570年。


織田信長は越前へ兵を進めたが、浅井に背かれた。


いわゆる金ヶ崎からの撤退である。


佐野の言葉では、織田軍はそこでいくらか将を失い、信長自身も負傷した。


「ただし」


佐野は続ける。


「山城と大和が動かなかった」


小田側は山城・大和方面について、不干渉を保っていた。


織田にとっては南側から新しい敵が現れなかったことになる。


「おかげで、あいつはすぐ立て直した」


浅井と朝倉。


二つを同時に相手にせず、順に崩した。


浅井を叩き。


続いて朝倉を攻め。


そしてついには一乗谷まで平らげた。


氏治が少し眉を上げる。


「早いな」


「早い」


佐野も認めた。


「負けてからの立て直しが、異様に早い」


結城朝基が言う。


「勢力を削られたわけではなかったということか」


「そういうことだ」


金ヶ崎は危機ではあった。


だが致命傷ではなかった。


むしろ織田はそこから軍を再編し、敵を分断し、各個撃破している。


そして佐野は、次の報告へ進んだ。


「さらに信長は、上杉謙信公へ使者を送っています」


宇都宮朝綱が反応した。


「同盟か」


「そのつもりらしい」


しかも織田側は、かなり低姿勢だという。


「今のところは、謙信公を敵にしたくないのでしょう」


東に上杉。


南に山城・大和。


西にこれから進出する先がある。


その状況で、北陸方面の大勢力とぶつかる理由はない。


佐野は言った。


「透破の報告でも、織田が次に強く見るのは丹波です」


地図の上で指を動かす。


越前。


そこから南西。


丹波。


さらに西。


播磨。


「つまり北から西へ動く」


氏治が言う。


「そう見ています」


佐野はうなずいた。


一乗谷には柴田勝家。


西方面には羽柴秀吉。


そして丹波攻略には明智光秀。


織田家内部でも、すでにそれぞれの方面担当が見え始めていた。


「山城や大和へ軍を入れる動きは?」


氏治が聞く。


「今のところ、ありません」


佐野ははっきり答えた。


「むしろ、こちらを刺激しないようにしている」


これは大きかった。


小田が山城・大和方面で不干渉を守っている限り、織田も無理に南へ兵を向けない。


少なくとも現段階では、その均衡が成り立っている。


結城が言った。


「ならば、畿内で無理に織田と争う必要はないな」


「その通りです」


佐野は答えた。


そして、明智光秀について話を移した。


「丹波の攻略も、今のところ戦ばかりではありません」


明智は調略を重視している。


城を攻め落とすより先に、人を崩す。


国人を切り離す。


交渉する。


条件を出す。


そのため、佐野の把握する範囲では丹波で大規模な戦闘はまだ続発していない。


「ずいぶん器用な男だな」


大掾義康が言った。


「器用です」


佐野は少し考える。


「そして話はしやすい」


氏治が顔を上げる。


「会ったのか」


「摂津へ来ています」


織田信長の使者としてだった。


佐野はそこで明智光秀と接触していた。


「もともと足利義輝公に仕えていたらしい」


佐野自身は、義輝時代の明智を深く知っていたわけではない。


だがその経歴のおかげか、畿内の旧秩序も理解している。


織田の論理だけを押しつけてくるタイプではない。


「話が通じる」


佐野はそう評価した。


「織田と直接やり合うより、明智を窓口にした方がよいと思います」


結城朝基がうなずいた。


「交渉相手として固定できるなら、その方が楽だ」


佐野も同意する。


「こちらも誰に話を持っていけばよいか分かる」


氏治は少し考えてから言った。


「では、しばらくは明智を使え」


「承知」


織田と戦う必要はない。


かといって信用もしすぎない。


窓口を定め、互いに越えてはならない線を確認しておく。


それで十分だった。


佐野の報告は、さらに四国へ移った。


そこで空気が少し変わる。


「四国については」


佐野は笑った。


「もう那須に聞いた方が早いかもしれません」


氏治が尋ねる。


「どういう意味だ」


「島丸ごと、造船所みたいになっています」


広間に笑いが起きた。


那須資忠が四国をまとめてから、状況は大きく変わっていた。


伊予。


讃岐。


阿波。


土佐。


淡路。


それぞれに役割が与えられ、港が整えられ、船が作られる。


土佐中村では造船。


伊予では軍港。


淡路では海上拠点。


さらに各地の木材、鉄、帆布、縄、樽、食料が海軍向けに集められている。


「本当に島丸ごと船を作っているようなものです」


佐野が言った。


大掾義康が少し笑う。


「海事奉行としてはありがたい話ですが」


「そのうち四国をひっくり返したら船底になっているぞ」


佐野が言う。


氏治まで笑った。


だが冗談では済まない。


四国が安定したことで、小田家には巨大な造船・補給拠点ができた。


北方航路へ向かう船も。


朝鮮へ行く船も。


琉球へ行く船も。


必要ならそこで建造し、修理し、補給できる。


結城朝基が地図を見ながら言った。


「妙なことになったな」


「何がだ」


氏治が聞く。


「西では四国が船を作り」


結城の指が東へ動く。


「鹿島がそれを受け」


さらに北へ。


「津軽、蝦夷、樺太へ送る」


佐野が笑う。


「本当に天下を取る気がない家なのか、ここは」


氏治が即答した。


「ない」


「その割には、やっていることが大きいぞ」


「天下を取りに行っているのではない」


氏治は地図を見ながら言った。


「道を作っているだけだ」


その言葉で、評定の場が少し静かになった。


畿内。


織田は北から西へ向かう。


明智光秀が丹波を調略する。


上杉とは争わないよう低姿勢を取る。


四国。


那須が島をまとめ、造船と海運の巨大拠点へ変えつつある。


北方。


大掾が既知航路を整える。


少弐が未知域へ進む。


津軽と葛西は鹿島父子が見る。


一つ一つは別の出来事だった。


しかし地図の上に置けば、すべてがつながっていた。


氏治は佐野に言った。


「山城・大和は今まで通りでよい」


「不干渉?」


「そうだ」


「織田が越えてこなければ?」


「こちらも越えない」


佐野がうなずく。


「分かりやすい」


「ただし」


氏治は続けた。


「明智との窓口は切るな」


「承知」


「織田が西へ進むなら、どこまで行くか見ておけ」


「それも任せろ」


「四国は?」


佐野はまた笑った。


「那須に任せておけば、まだ船が増えます」


大掾義康がすぐに言う。


「増やしすぎないようにしてください」


「本人に言ってくれ」


再び笑いが起きる。


この日の評定は長かった。


北方。


奥州。


畿内。


四国。


朝鮮。


琉球。


海軍。


交易。


これほど多くの地域が一度に議題へ上ったことは、それまでほとんどなかった。


しかし氏治にとって重要なのは、領土がどこまで広がったかではなかった。


誰がどこを担当するか。


どこと争わずに済むか。


どこから富を引き寄せられるか。


どこへ船を走らせられるか。


それを整理することだった。


1571年正月。


小田家の評定は、もはや坂東一国の政を話し合う場ではなかった。


坂東を中心に、畿内から四国、朝鮮、琉球、そして樺太までを一枚の地図で考える会議になっていた。

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