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北辰、南へ――室蘭での別れ

1570年10月半ば――室蘭。


長い北方航海を終えた二隻の船が、ようやく室蘭の入り江へ姿を現した。


北辰丸が先に帆を落とし、その後ろから大型船《希望》が静かに続く。


岸にはすでに人影があった。


「来たぞ!」


声が上がる。


室蘭の長老だった。


春に北へ向かった一行が戻ってくるころを見計らい、何日も海を眺めていたらしい。


少弐が小舟から岸へ降りると、長老はしばらくその顔を眺め、それから大きく笑った。


「ずいぶん北の顔になったな」


「北の顔?」


少弐が聞き返す。


「日に焼けて、風に削られて、それでも帰ってきた者の顔だ」


その言葉にシレトクが笑った。


エカシロも妻や子供たちを伴って船を降りる。


こうして、一行の無事を祝う小さな宴が開かれた。


魚が焼かれ、干し肉が切られ、少弐たちが持ち帰った酒も少しだけ振る舞われる。


だが今回、いつまでも旅の話をしているわけにはいかなかった。


冬が近い。


そして少弐には、一刻も早く鹿島へ戻り、小田家へ今回の北方調査を報告する必要があった。


翌日、一行は今後について話し合った。


《希望》は急いで鹿島へ向かわない。


マリアが船長として指揮し、南下しながら各地へ寄港する。


航路、海流、港、交易品。


今回得た北方の情報を整理しながら、ゆっくり戻るためである。


「せっかく北まで行ったのよ。帰り道まで調べなかったら、半分しか旅をしていないでしょう?」


マリアは当然のように言った。


「それに《希望》には荷物が多いもの。北辰丸と競争する船じゃないわ」


イネスは室蘭に残ることになった。


医師である彼女には、北方航海で疲れた同行者たちの健康状態を診てもらう必要がある。


そしてシレトクとエカシロも室蘭に残った。


二人には、次の北方遠征に備えてアイヌの交易路や人脈を整理してもらう。


エカシロについては家族も一緒である。


もはや彼は単なる案内人ではなかった。


《希望》とともに旅をする一員になっていた。


「じゃあ、私だけ残るのね」


イネスが少し不満そうに言う。


少弐は首を振った。


「一番重要な者を残すのだ。冬を前に病人を出したら、船より医者の方が必要になる」


「そういう言い方をされると断れないわね」


イネスは苦笑した。


一方、鹿島へ先行するのは《北辰丸》。


船長はライラ。


そして少弐が乗る。


荷物も必要最低限に絞った。


北方で集めた品々や大量の記録は《希望》に預け、少弐が持つのは報告に必要な地図、覚書、そして特に重要な見本だけである。


出航の朝。


冷たい風の吹く岸辺で、長老が少弐に言った。


「春になれば、また北へ行くのか」


少弐は少し考えた。


北の海。


サハリン。


さらにその向こう。


まだ見ていない海がある。


「おそらく」


長老は笑った。


「なら、ここへ戻ってこい。北へ行くなら、ここから始めればいい」


少弐は深く頭を下げた。


北辰丸へ乗り込む。


甲板ではライラがすでに出航の準備を終えていた。


「鹿島まで?」


「寄り道なしだ」


「つまらない航海になりそうね」


そう言いながら、ライラの顔は楽しそうだった。


少弐は苦笑する。


「早く帰れる航海ほど良い航海だろう」


「冒険家には理解できない考え方ね」


「私は冒険家ではない。外交使節だ」


ライラは少弐を見る。


そして、北方で何度も聞いた言葉を思い出したように笑った。


「はいはい。『いまはただの交渉人』でしょう?」


少弐は答えなかった。


やがて帆が張られる。


北辰丸がゆっくり岸を離れた。


岸辺ではイネス、シレトク、エカシロ一家、そして室蘭の人々が手を振っている。


少し沖には《希望》が浮かんでいた。


マリアが甲板から大きく腕を振る。


「鹿島で会いましょう!」


ライラが舵を取った。


船首が南を向く。


こうして北方調査隊は、室蘭で初めて二手に分かれた。


《希望》はマリアとともに各地へ寄港しながら南へ。


イネスとアイヌの仲間たちは室蘭に残り、次なる北方行に備える。


そして《北辰丸》は――


ライラと少弐を乗せ、秋の海を一路、鹿島へ向かった。


北へ向かう旅は、ここでひとまず終わった。


だが少弐の手元には、出発したときには存在しなかった北方の地図がある。


そしてその地図の上端には、まだ何も描かれていない海が残されていた。

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