石と枝で描かれた土地
食事が一段落すると、少弐は改めて長のほうへ身体を向けた。
先ほどまでは、こちらが持ってきた品を見せ、向こうの品を見せてもらうことに夢中になっていた。そのため、肝心なことをまだほとんど聞いていない。
少弐はシレトクに通訳を頼んだ。
「まず、この場所の名を教えていただきたい。それから、あなたの名も」
シレトクが伝えると、長は自分の胸に手を当てた。
「トゥレシ」
それから地面を指し、集落の名を告げる。
「トゥナイチャ」
少弐は聞き取った音を確かめながら、紙に片仮名で書きつけた。
「トゥレシ殿。トゥナイチャ……」
マリアが横から紙を覗き込む。
「土地にも名前があるのね」
「人が住んでいれば、土地にはたいてい名前があります。問題は、我々が正しく聞き取れるかですが」
少弐が苦笑すると、シレトクも笑った。
長のトゥレシは、少弐たちが名を記録していることが面白いらしく、何度かゆっくり発音してくれた。
それから彼は立ち上がった。
どうやら、先ほど少弐たちから受け取った品への返礼だけではなく、この土地で手に入る物を見せてくれるらしい。
男たちが奥からいくつかの品を運んできた。
まず置かれたのは、丁寧に束ねられた毛皮だった。
クロテンらしい濃い毛皮。
狐のもの。
さらに小さく切られた獣皮。
続いて、干した魚の束と魚油を入れた容器。
そして鳥の羽。
長は一つ一つを指しながら説明した。
シレトクが訳していく。
「これはこの辺りで獲れる。これは山のほう。これは北から来る者が持ってくることもある、と言っています」
「北から?」
その言葉に、少弐だけでなくマリアまで反応した。
長は頷いた。
さらに、小さな袋を開く。
中から数粒の玉が転がり出た。
イネスが目を細めた。
「ガラス?」
「おそらく」
少弐が一粒を摘まむ。
この土地で作られたものには見えない。
長もそれを指し、自分たちが作ったものではないことを示した。
北から来る交易者。
あるいはさらにその向こうから渡ってきた品。
「面白いですね」
マリアの声が少し弾んだ。
長はさらに、獣の牙や骨を加工した小物、縫製に使う素材などを並べた。
大量の商品を売るというより、
――ここでは、こういう物が手に入る。
そう教えるための見本らしい。
少弐も理解して頷いた。
「全部を買うつもりはありません。今日は見本として少しずつ交換していただければ」
シレトクが伝える。
長は快く承知した。
少弐たちの酒、水牛の角や皮、鉄製品などの一部と引き換えに、毛皮、干魚、牙、北方由来らしい小物が少量ずつ渡された。
イネスは受け取った品を一つずつ紙に描き、横にシレトクから聞いた名称を書き込んでいく。
その様子を見ていた長は、ますます興味深そうだった。
そこで少弐は、もう一枚紙を取り出した。
「もう一つ聞きたい」
筆を持つ。
「この辺りの土地は、どうなっていますか」
長は意味が分からないようだった。
少弐は少し考えてから、紙に海岸線らしい曲線を引いた。
「ここが海」
線の内側に丸を描く。
「ここが、このコタン」
さらに線を一本伸ばす。
「川」
そして山を示すつもりで三角をいくつか描いた。
「山」
長は黙った。
シレトクが補足する。
「この男は、土地を紙の上に小さくして描きたいのだ」
長は、
「ほう」
というような顔になった。
少弐の手元をしげしげと眺める。
紙を見る。
少弐を見る。
もう一度紙を見る。
そして突然立ち上がった。
「……?」
長は家の外へ出ると、手頃な石をいくつか拾って戻ってきた。
さらに細い枝を数本。
少弐たちの前の地面を軽く払う。
まず大きな石を置いた。
「山だそうです」
シレトクが言う。
次に小さな石を並べる。
別の山。
枝を一本置く。
「川」
さらに枝を曲げながら地面に置き、その外側を手で払った。
「こちらが海だ」
少弐の目が輝いた。
「なるほど!」
紙よりはるかに分かりやすい。
長は細い枝を使って海岸線を作り、石で山を置き、小石でコタンを示していく。
一つ。
二つ。
三つ。
そのたびに名前を口にする。
シレトクが復唱し、少弐が紙へ書き込んだ。
「ここが我々のいるトゥナイチャ」
小石を指す。
「こちらにも人がいる」
別の小石。
さらに北。
もう一つ。
だが、その先になると長は少し首を振った。
自分が直接知っている土地ではないらしい。
代わりに、北へ向かう交易者がいることを身振りで示す。
マリアが模型の前にしゃがみ込んだ。
「この川、大きい?」
シレトクを介して尋ねる。
長はかなり大きいという仕草をする。
魚が多い。
季節によって舟でかなり奥まで入れる。
山側には獣が多い。
そして海岸沿いに進めば、別のコタンへ行ける。
少弐は夢中で筆を走らせた。
しかし途中で手を止める。
「待ってください」
紙を見る。
模型を見る。
また紙を見る。
「これは……私が描くより、このまま写したほうが早いな」
イネスが笑った。
「ようやく気づいたの?」
少弐も笑う。
そこでイネスが別の紙を広げた。
少弐が方角を確認し、マリアが海岸と川の位置関係を見て、イネスが実際に線へ起こしていく。
ライラは長の模型を眺めながら、小石の位置を不用意に動かさないよう子どもたちを遠ざけていた。
やがて地面の上には、思いのほか立派な南樺太東岸の簡易模型ができあがった。
海岸。
湾。
川。
山。
コタン。
猟場。
そして北へ続く道。
正確な距離までは分からない。
だが、
「何が、どちらにあるか」
を知るには十分だった。
少弐は紙に写し終えると、長に深々と頭を下げた。
「これはありがたい。品物以上の贈り物です」
シレトクが訳す。
長は少し不思議そうにしてから笑った。
彼にとっては、自分たちが普段暮らしている土地を石と枝で並べただけなのだろう。
だが少弐には違った。
これは、この先へ進むための最初の地図だった。
マリアもそれを理解していた。
彼女は模型の北端に置かれた最後の小石を指した。
「この先は?」
長は北を向いた。
少し考え、
知らない、
という仕草をした。
しかし続けて、別の言葉を口にする。
シレトクの表情が変わった。
「北には、我々とは少し違う言葉を話す者たちもいるそうです」
「交易は?」
少弐がすぐ尋ねる。
「ある」
長は答えた。
そして先ほど見せたガラス玉を指した。
少弐、マリア、イネス、ライラの視線が、一斉にその小さな玉へ集まった。
マリアが微笑む。
「どうやら、この地図の先にも道があるみたいね」
少弐は筆を置かなかった。
紙の北端に、まだ何も描かれていない余白を大きく残した。




