↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
680/1029

 北へ持ってゆく証

宗谷での調査を終えた夕刻、少弐はシレトクとともに長の家を訪れた。


「明日、さらに北へ向かいます。」


シレトクが訳すと、従兄弟の長は少し驚いた顔をした。


宗谷まで来る和人だけでも珍しい。


そこからさらに海峡を越えるというのである。


少弐は続けた。


「長く留守にするつもりはありません。北の海を調べ、しばらくしたらここへ戻ってきます。」


長は少弐を見つめ、それから頷いた。


何事かシレトクへ言う。


「必ず戻ってこい、だとさ。」


「もちろんです。」


その夜は、自然と別れの宴になった。


宗谷へ来た日の宴とは雰囲気が違う。


あの時は、まだ互いに珍しい客と迎える側だった。


今では子供たちはすっかりマリアたちに慣れていた。


マリアのところには、海鳥や魚について聞きたがる子供たちが集まる。


イネスの周りでは、彼女が描いた絵を見ようと子供たちが覗き込んでいた。


女衆は三人が着ている衣服を見て、まだ直したいところがあるらしく、袖や裾を引っ張って何事か話している。


特に長身のイネスの服は、最後まで丈について議論が続いていた。


ライラも最初こそ衣服を合わせるのに苦労したものの、今では女衆と身振り手振りで冗談を言い合うほどになっていた。


少弐はその様子を眺めながら、長の隣で煙草を吸っていた。


やがて北の話を切り出す。


「一つ、教えていただきたい。」


「海峡の向こうには、どのような人々がいるのですか。」


シレトクと長が少し話し合った。


長は北を指差す。


「海峡の向こうにも、俺たちと似た言葉を話す者たちがいる。」


シレトクが訳す。


「話せるのですか?」


「大体はな。」


シレトクが答えた。


「違う言い方もある。でも、全く分からないわけじゃない。」


少弐は少し安心した。


「では、長殿のお知り合いも?」


今度は長が首を横に振った。


「友人と呼べる者はいないそうだ。」


「ただ――」


シレトクが続ける。


「向こうから交易に来る者は、たまにいる。」


海峡は境界であると同時に、道でもある。


魚。


毛皮。


獣の皮。


道具。


様々なものが人とともに海峡を渡る。


少弐は頷いた。


「ならば、まずはその人々を訪ねてみます。」


すると長が少し考え込んだ。


やがて立ち上がり、家の奥から何かを持って戻ってきた。


少弐の前へ置く。


「これは?」


長は品を指差しながら、ゆっくり説明した。


シレトクが聞き終える。


「持っていけってさ。」


「向こうの者が見れば、少なくともこのコタンの長から渡された物だと分かる。」


少弐は品を両手で受け取った。


通行手形ではない。


これを持っているから従わなければならないというものでもない。


ただ、


宗谷の長が、この旅人を客として迎えた。


それを示す紹介の証だった。


「これはありがたい。」


少弐は深く頭を下げた。


「大切にいたします。」


長は何かを付け加えた。


シレトクが笑う。


「勘違いするな、とさ。」


「これを見せたからといって、向こうの連中がお前を信用するとは限らない。」


少弐も笑った。


「承知しております。」


「酒を持っていけ。」


長が言う。


「それから自分で話せ。」


少弐は思わず頷いた。


「それが一番でしょうね。」


翌朝。


浜には多くの人々が集まった。


子供たちはマリアたちに手を振る。


女衆も声を掛ける。


マリアたちも何度も振り返って手を振った。


少弐は最後に長へ頭を下げた。


「行って参ります。」


長は北を指差した。


そして今度は宗谷の浜を指差す。


行って、戻ってこい。


言葉にしなくても意味は分かった。


少弐は懐に、長から託された紹介の証をしまう。


ポラールが岸を離れた。


沖では希望号が待っている。


目の前に広がるのは宗谷海峡。


その向こうには、これまで一行が歩いたどの土地とも違う北の世界が待っていた。


一本角のカムイを追う旅は、ついに蝦夷地を越えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。