宗谷の海を測
翌朝。
少弐たちは日の出とともに動き始めた。
昨日までの宴とは打って変わり、今日は調査の日である。
希望号は宗谷沖に残し、足の速いポラールを使うことになった。
目的は二つあった。
一つは、この辺り一帯の実測。
海岸線、岬、入り江、水深、潮の流れ、風向き。
船を安全に寄せられる場所。
水や薪を得られそうな場所。
今後、再び小田の船が北へ来るなら必要になる情報を、できる限り海図へ落としていく。
そしてもう一つ。
「本当にいないか、確かめてみましょう。」
マリアが望遠鏡を手に言った。
――一本角のカムイ。
老人が幼い頃、祖父から聞いたという話。
北から現れ、しばらく宗谷の海をうろついた後、また北へ帰ったという白い海獣。
伝承だけを追っていても仕方がない。
ならば実際に海へ出て探してみようということになった。
ポラールが宗谷の海へ出る。
シレトクと地元の漁師も数人乗り込んだ。
「潮が変わるぞ。」
シレトクが海面を指差す。
マリアがすぐ海図へ印を付ける。
少弐たちは測深を行い、イネスは海岸線を写生する。
岬の形。
遠くに見える山。
目印になる岩。
陸上では測量を行い、海上から見た地形と照らし合わせた。
だが、この日は海図作りだけではなかった。
「いた!」
船員の声が上がるたび、全員が海を見る。
黒い背。
しかし――鯨だった。
しばらくすると別の場所で潮が吹き上がる。
マリアが望遠鏡を向ける。
「鯨ね。」
さらに海鳥の集まっている場所へ向かう。
海面に何かが現れる。
「……違う。」
また海獣だった。
ポラールは何度も進路を変えた。
シレトクたちが知る、鯨の通りやすい海。
魚が集まる場所。
潮がぶつかる場所。
老人の話に出てきた海域まで見て回る。
それでも――。
一本角は現れなかった。
昼を過ぎた頃、少弐は船縁に腰掛け、海を眺めた。
「そう都合よくはいきませんね。」
「当たり前だ。」
シレトクが笑う。
「爺さんの爺さんの話だぞ。」
「今日出てきたら、そっちの方が怖い。」
ライラも笑った。
だがマリアは真剣だった。
「むしろ、これでいい。」
「何が?」
「ここに普通に棲んでいる動物ではない可能性が高くなった。」
マリアはこれまでの記録を開いた。
津軽。
室蘭。
宗谷。
どこでも一本角の海獣が日常的に捕らえられているわけではない。
宗谷だけが、昔一度現れたという伝承を持っている。
しかも――北から来て、北へ帰った。
「迷い鯨と同じなのかもしれない。」
少弐が言った。
本来なら別の海域にいる生き物が、潮や餌を追って偶然違う海へ入る。
そして運が良ければ、再び本来の海へ戻っていく。
「だとすれば。」
イネスが海図を見る。
「探す場所は宗谷じゃありませんね。」
少弐も海図へ目を落とした。
その上端。
まだ十分には描かれていない海。
その向こうには陸地がある。
シレトクたちも知っている。
樺太。
少弐はそこを指で示した。
「まず、この海峡を越えてみる必要がありそうですね。」
マリアも頷いた。
「宗谷に来たのと同じ。」
「ポラールで海を調べる。」
「安全な航路を見つける。」
「それから希望号を渡す。」
少弐は北を見た。
この日の調査で、一本角のカムイは見つからなかった。
しかし代わりに、一つのことが分かった。
宗谷は目的地ではない。
ここは、さらに北へ向かうための入口だった。
ポラールの海図にはその日、宗谷周辺の海岸と潮流が少しずつ書き加えられていった。
そして海図の北側には、まだ大きな余白が残っていた。
次に埋めるべき場所は――
樺太である。




