土を耕すものたち
四月。
真壁領では坂東農業公社の試みが本格的に始まっていた。
朝早くから鍬が土を打つ音が響く。
領民に混じり、鹿島衆が連れてきた倭寇や福建の華人、ルソンやシャムの傭兵たちも汗を流していた。
「大将! こちらの切り株は任せろ!」
シャムの兵が大声を上げる。
真壁は豪快に笑った。
「よし、頼んだ!」
ほどなくして、大きな象がゆっくりと前へ進み出る。
太い綱を切り株へ巻き付けると、一声の合図で巨体が踏ん張った。
みしみし、と音を立て、何人もの男が歯が立たなかった切り株が地面から引き抜かれる。
「おおっ!」
村人たちから歓声が上がった。
続いて象は丸太を運び、岩を押し退け、開墾の邪魔になる木々を片付けていく。
人だけなら何日もかかる仕事が、半日で終わってしまう。
老人は感心して呟いた。
「まるで山の神じゃ。」
休憩になると、村人たちは大鍋を囲んだ。
長老が笑いながら蓋を開ける。
「この辺りは猪がよう獲れる。」
「遠くから来てくれた礼じゃ。」
鍋いっぱいに煮えた猪肉と野菜。
味噌の香りが立ち上る。
倭寇も傭兵たちも夢中で箸を動かした。
「うまい!」
「これは力が出る!」
ルソンの兵が笑う。
「故郷では豚を飼っていました。」
「猪によく似ています。」
シャムの兵も頷く。
「豚は残飯も食べますし、子もよく産みます。」
華人も話に加わった。
「福建でも豚は大切な家畜です。」
真壁は鍋を見つめながら腕を組む。
「……猪も仔から育てれば、人に慣れるのではないか。」
「家畜になれば、肉も増え、飢饉にも備えられる。」
すると華人の一人が思い出したように口を開いた。
「大将。」
「故郷には、もう一つ珍しい獣がおります。」
「羊と申します。」
真壁は首を傾げた。
「羊?」
「毎年毛を刈り取っても、また生えてきます。」
「その毛で布や衣を織るのです。」
真壁は目を丸くした。
「毛を刈っても死なぬのか。」
「はい、大将。」
「肉も食べられますし、寒い土地では大変重宝されています。」
真壁は膝を打った。
「面白い!」
「氏治様にお願いしよう。」
「鹿島衆と商人に頼み、その羊という珍獣を仕入れていただけぬか。」
傭兵たちは顔を見合わせて笑う。
「さすが大将!」
「戦より先に、家畜のことを考えている!」
「良い大将だ!」
その少し離れた場所から、氏治は静かにその光景を眺めていた。
隣には治彦が立っている。
「真壁殿が変わりましたね。」
治彦が微笑む。
氏治も穏やかに頷いた。
「以前なら、猪を見ても獲物としか思わなかったでしょう。」
「今は領民の暮らしを考え、家畜にできないかと考えている。」
異国の兵と領民が肩を並べ、鍋を囲み、家畜の話で笑い合う。
その光景を見つめながら、氏治は嬉しそうに呟いた。
「戦で国は守れる。」
「だが、国を豊かにするのは、こういう知恵なんだ。」
春風が開墾された畑を吹き抜ける。
坂東農業公社はまだ始まったばかりだった。
しかしその畑には、作物だけでなく、新しい国づくりの芽も確かに育ち始めていた。




