武具が生み出した新たな発想
二月。
年頭の坂東評定で功績ある諸将へ装飾された坂東サーベルと坂東鎧が授けられたという話は、瞬く間に坂東中へ広まった。
「あれが小田家の坂東サーベルか。」
「坂東鎧を授かることこそ、坂東武士の誉れらしい。」
そんな噂は武士だけでなく、鍛冶屋や商人の間でも語られるようになる。
やがて変化は思わぬところから始まった。
下級武士や足軽たちが、装飾こそないものの、評定で授けられたものと同じ形の坂東サーベルと坂東鎧を求め始めたのである。
「飾りはいらぬ。」
「氏治様の軍勢と同じ武具が欲しい。」
「兵学館へ入るなら、この鎧で学びたい。」
霞浦兵学館でも訓練用として坂東サーベル、坂東鎧、坂東楯を揃える予定であったが、予想を大きく超える注文が舞い込んだ。
工房では昼夜を問わず槌音が鳴り響く。
しかし、生産は到底追いつかなかった。
氏治は土浦城へ職人頭や商人を集め、新たな触れを出す。
「小田領南部に新たな職人町を設けます。」
「鍛冶、甲冑師、木工、革細工、ガラス細工の職人は移り住んでください。」
「土地を与え、工房の建設も認めます。」
この触れに最も早く反応したのは商人たちだった。
自由都市土浦で財を成した商人たちは、自ら資金を出し合い、工房や住居を建て始める。
武家が命じる前に、民が動いたのである。
林野は次々と切り開かれ、新たな道が延び、荷車が絶え間なく行き交った。
その様子を城から眺めていた氏治は、小さく呟く。
「町が、自分で育っている……。」
隣にいた治彦も頷いた。
「役所が造る町ではありません。」
「人が人を呼び、商いが町を育てています。」
氏治は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「商人は、自ら金を出し合い町を育てる。」
「ならば農も同じことができないだろうか。」
数日後。
氏治は真壁幹久と宍戸政繁だけを執務室へ呼び寄せた。
机には小田領北部の地図が広げられている。
「二人に相談があります。」
氏治は地図を指差した。
「北部には、まだ開墾できる土地が多く残っています。」
「そこを村ごとではなく、一つの組織として開墾し、耕し、収穫する。」
「仮に『坂東農業公社』と呼びましょう。」
真壁は首を傾げる。
「農を一つにまとめる、ということですか。」
「そうです。」
「農具を共同で持ち、水路を皆で造り、収穫もまとめて売る。」
「利益は働いた者へ分け、余りは備蓄や次の開墾へ回す。」
宍戸は静かに頷いた。
「用水や田畑を一体で整備できます。」
「飢饉にも強くなりますな。」
真壁はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「氏治様。」
「まずは私の領地で試してみましょう。」
氏治は目を丸くする。
「真壁殿の領地で?」
「ええ。」
「家人たちにも農に詳しい者がおります。」
「私がまとめ役となり、宍戸殿から知恵を借りながら、小さく始めてみます。」
宍戸も穏やかに笑う。
「橋城普請の合間になりますが、用水も開墾も協力いたします。」
「まず一つ成功させれば、他の領地も続くでしょう。」
氏治は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。」
「武具は職人が育て、町は商人が育てた。」
「今度は農村が、自ら豊かになる番ですね。」
真壁は力強く一礼した。
「坂東農業公社、その第一歩は真壁の地で踏み出してみせます。」
氏治は窓の外に広がる冬の田畑を見つめ、静かに微笑んだ。
坂東の国づくりは、戦場だけではなく、工房から、町から、そして田畑からも始まろうとしていた。




