宗谷の歓迎
長への挨拶を終え、濁り酒と珍香を受け取ってもらったところで、ようやく場の緊張が解けた。
若い長はシレトクとしばらく言葉を交わすと、立ち上がって家の外へ声を掛けた。
「何と?」
少弐が尋ねる。
シレトクは笑った。
「せっかく俺が帰ってきた。それに遠くから客人まで来たんだ。皆で歓迎しよう、とさ。」
ほどなくして、長の家には次々と人が集まってきた。
シレトクの帰還を聞きつけた親族。
漁から戻ってきた男たち。
子供を連れた女たち。
年寄りたちまで顔を出す。
料理も、それぞれの家から持ち寄られた。
魚を焼いたもの。
干した魚。
鹿肉。
山菜。
木の実。
魚と野草を煮た温かな汁。
八月の宗谷で得られるものと、冬から保存してきたものとが次々に並べられていく。
少弐が持参した濁り酒も開けられた。
先ほど焚いた珍香の甘い香りがまだ微かに残る中、酒と料理が回り始める。
少弐たちも室蘭で教わった作法を思い出しながら食事を始めた。
少々ぎこちない。
だが、それがかえって面白かったらしい。
間違えるたびに村人が教え、少弐たちが真似をする。
いつしか笑い声が絶えなくなっていた。
「室蘭へ寄っておいて正解だったな。」
シレトクが笑う。
「何も知らずにここへ来ていたら、今頃もっと大変だったぞ。」
「おかげさまで。」
少弐も長から注がれた酒を受け取った。
宴が進むにつれ、若い長も随分と打ち解けてきた。
やがて少弐を眺めながら、何やらシレトクへ話し始める。
それを聞いたシレトクが笑った。
「少弐。」
「はい?」
「こいつな。お前たちが来る前、かなり緊張していたらしい。」
少弐は長を見る。
「なぜです?」
シレトクが長の言葉を聞きながら訳していく。
「まず、あの船だ。」
長が沖を指差す。
希望号である。
「見たこともないほど大きな船が来た。」
「しかも、その前を別の船が走っている。」
少弐は頷いた。
「まあ……警戒はしますね。」
「そこへ俺が戻ってきて、『南から来た大切な客だ』と言った。」
シレトクは酒を一口飲む。
「それで、こいつは考えたらしい。」
少弐が嫌な予感を覚えた。
「何をです。」
シレトクは笑った。
「お前、和人の王族だと思われてたぞ。」
「……私が?」
長は真面目な顔で頷いた。
「違います。」
少弐は即答する。
「私は主君に仕える使者です。」
それが訳されると、長は驚いた。
何かを言いながら、今度はマリア、イネス、ライラを順番に指差す。
シレトクの笑みがますます深くなる。
「まだ理由がある。」
「嫌な予感しかしませんが。」
「異国の女を三人も妻として連れている。」
少弐が固まった。
マリアも食べていた魚から顔を上げる。
「……妻?」
イネスが自分を指差した。
「私もですか?」
「三人ともだ。」
ライラは少弐を見て、にやりと笑った。
「大した王様ね。」
「だから王ではありません。」
少弐は慌てて長へ説明する。
「三人とも妻ではありません。仲間です。」
シレトクが訳した。
長は三人を見る。
少弐を見る。
また三人を見る。
そして首を傾げた。
何事かを尋ねる。
シレトクがとうとう吹き出した。
「『一人も妻ではないのか』だって。」
「一人もです!」
今度は周囲の村人まで笑い出した。
事情を聞いた者からさらに笑いが広がる。
マリアも腹を抱え、イネスは顔を伏せて笑い、ライラに至っては少弐の肩を叩いている。
若い長もようやく大声で笑った。
そして少弐の杯へ酒を注ぎながら、何かを言う。
シレトクが訳した。
「王族でもない。三人とも妻でもない。」
「なら、あんなに緊張して迎える必要はなかった、だと。」
少弐も笑った。
「それは申し訳ないことをしました。」
「船が大きすぎたようです。」
また笑いが起こった。
こうして宗谷での歓迎は、いつしかシレトクの帰郷祝いと、少弐の妙な身分について笑う宴へと変わっていった。
そして少弐にとっては、それでよかった。
一本角のカムイについて尋ねるのは、その後でいい。
まず同じものを食べ、同じ酒を飲み、同じことで笑う。
室蘭で覚えた北の旅の作法を、少弐は少しずつ自分のものにし始めていた。




