北辰、海路を拓く
室蘭を離れた希望号は、すぐには宗谷へ向かわなかった。
シレトクの話では、ここから先はさらに長い航海になる。
海岸線そのものは知っている。
だが、希望号ほどの大型船を安全に走らせるとなれば話は別だった。
「まず、小さい船を出そう。」
シレトクの提案に、マリアも賛成した。
「ポラリスね。」
希望号に随伴していた高速外洋船ポラリス――北辰丸。
船倉も居住区も希望号には及ばないが、船体は軽く、足も速い。
何より、未知の海へ先行させるには都合がよかった。
少弐も頷いた。
「今回の旅は、一本角を探すだけではありません。」
「氏治様から命じられた沿岸の測量もあります。」
「風、潮、海岸線、避難できる入り江、水を取れる場所――全部記録しましょう。」
こうしてポラリスが先行した。
シレトクを乗せ、土地を知る者の目で海を見てもらう。
海の色。
波の立ち方。
鳥の飛ぶ方向。
岬を回ったところで突然変わる風。
沖へ出た途端に船を押し流そうとする潮。
マリアたちは一つずつ海図へ書き込んでいった。
時には希望号を待たせ、ポラリスだけで先へ進んだ。
安全な入り江を見つければ印を付ける。
水場があれば記録する。
浅瀬を見つければ測深する。
沖へ流れる潮を見つければ、その速さと方向を確かめる。
そうして少しずつ、誰も持っていなかった航路が一本の線となって海図の上へ現れていった。
数日もすると、マリアはその海図を眺めながら言った。
「これなら行けます。」
少弐が尋ねる。
「宗谷まで?」
「ええ。」
マリアは大きく頷いた。
「途中で何度も寄港する必要はありません。」
「天候さえ選べば、希望号なら水も食料も十分積めます。」
シレトクも海図を覗き込んだ。
「面白いな。」
「俺たちは頭の中で覚えている海を、お前たちは紙の上へ移してしまう。」
少弐は笑った。
「あなたの頭の中にある海がなければ、この線も引けませんよ。」
ポラリスが調べた海。
シレトクが知る海。
そして希望号の船倉に積み込まれた大量の水、薪、保存食。
三つが揃った。
「では――」
マリアが海図を畳む。
「次は寄り道なし。」
船員たちが帆を上げ始める。
「宗谷まで行きます!」
掛け声とともに帆が風を孕んだ。
ポラリスは再び前方へ出る。
ただし今度は未知の海を探るためではない。
希望号を導く、水先の北辰として。
その後ろを、大きな船倉に十分な物資を積んだ希望号が追う。
室蘭で人との付き合い方を学び、
その先の海で風と潮を学んだ。
そして今、一行は初めて本格的に北へ向かっていた。
目指すは宗谷。
シレトクの故郷。
そして――
「北から迷い来る一本角のカムイ」
その伝承が残るという、北の果てであった。




