また来る日の約束
その晩、一行は村に泊まらず希望号へ戻った。
ただでさえ大勢の船員を連れている。
村へ余計な負担を掛けるより、船で休んだ方がよいという少弐の判断だった。
翌朝。
出航を前に、少弐たちは改めて村を訪れた。
長をはじめ、昨夜の宴で親しくなった者たちが浜まで見送りに出てくる。
マリアは魚や海獣について教えてくれた漁師たちへ礼を言い、イネスは薬草を教えてくれた女性たちへ頭を下げた。
ライラもすっかり仲良くなった若者たちと笑いながら別れを惜しんでいる。
そして少弐のところには、長がやって来た。
何かを差し出す。
「これは?」
昨日吸っていたものと同じ煙草だった。
シレトクが笑う。
「持っていけってさ。」
「せっかくキセルを持っていても、中身がなければ仕方ないだろうって。」
少弐は思わず笑った。
「それはごもっともです。」
両手で煙草を受け取る。
「ありがたく頂戴いたします。」
長は満足そうに頷いた。
昨夜から随分と少弐を気に入ったらしい。
ところが、続いて長が何事かを話すと、シレトクが妙な顔をした。
「……どうしました。」
「いや。」
シレトクは笑いを堪えている。
「次に来た時の話だ。」
「はい。」
「次にこの村へ来たら――娘を嫁にもらってくれ、と言ってる。」
「……はい?」
少弐の動きが止まった。
マリアたちも振り返る。
長は冗談なのか本気なのか分からない満面の笑みで、少弐の肩を叩いた。
そして少し離れたところにいる娘を指差す。
娘の方も話の内容を察したのか、困ったように父親を睨んでいた。
少弐は慌ててシレトクを見る。
「これは、どう答えれば。」
「知らん。」
シレトクはとうとう吹き出した。
「自分で何とかしろ。」
少弐はしばらく困り果てた末、長へ丁寧に頭を下げた。
「大変ありがたいお話です。」
「ですが、まずは北から無事に戻ってくることをお約束させてください。」
シレトクが訳す。
長は少し考え――豪快に笑った。
そして再び少弐の肩を叩く。
どうやら、それで十分らしい。
ライラが横から小声で言った。
「ずいぶん気に入られたわね。」
「酒と煙草だけで、ここまで話が進むとは思いませんでした。」
少弐は苦笑しながら、もらった煙草を懐へしまった。
浜を離れ、希望号へ戻る。
錨が上がる。
帆が風を孕む。
少弐たちが甲板から手を振ると、村の人々も浜から大きく手を振り返した。
ほんの一日の滞在だった。
それでも、一緒に食べ、飲み、煙草を吸い、笑ったことで、そこには確かな縁が生まれていた。
少弐は長から贈られたキセルを取り出し、少し眺める。
北へ向かう旅は、一本角のカムイを追うだけの旅ではなくなりつつあった。
訪れた土地ごとに人と出会い、別れ、そして「また来い」と言われる。
それもまた、旅の宝なのであった。




