北の玄関口、箱館
六月初旬。
津軽海峡は穏やかで、北辰丸は追い風を受けながらゆっくりと北の海を渡っていた。
船首に立つマリアは、やがて水平線の向こうに陸影を見つける。
「見えました!」
「あれが蝦夷地です!」
緑深い山々と静かな入り江。
本州とはどこか違う、雄大で荒々しい自然が四人を迎えていた。
やがて船は箱館の湊へ入る。
そこでは津軽氏の紹介状を受け取っていた和人の頭が、一行を出迎えていた。
「ようこそ、箱館へ。」
「津軽殿より話は伺っております。」
「まずは館へお越しくだされ。」
一行は港近くの館へ案内される。
館は豪壮というほどではないが、蝦夷との交易で栄えたことを思わせる堅牢な造りで、熊皮や海獣の毛皮、異国の器などが飾られていた。
一息つくと、少弐は小さな桐箱を取り出した。
「ささやかではございますが、小田よりのお土産にございます。」
箱を開くと、中には坂東で作られた切子細工の酒器が納められていた。
陽の光を受けて繊細な文様がきらめき、青みがかった透明な器は、北国の海を閉じ込めたような美しさを放っている。
和人の頭は思わず息を呑んだ。
「これは……見事だ。」
恐る恐る手に取ると、光を透かしながら何度も眺める。
「これほど美しい硝子細工は初めて見ます。」
「まるで氷を削り出したようではないか。」
少弐は微笑んだ。
「坂東の職人が丹精を込めて作った品です。」
「もしお気に召しましたら、この地でも交易品として扱っていただければ幸いです。」
和人の頭は何度も頷いた。
「もちろんです。」
「これほどの品なら、蝦夷の長たちもきっと驚くでしょう。」
「ぜひ、大切に扱わせていただきます。」
そう言うと和人の頭は家臣を呼び寄せた。
「案内役を付けよ。」
「それから護衛もだ。」
「この方々は津軽殿と小田殿の大切なお客様である。」
ほどなくして数名の護衛と、土地に詳しい案内人が現れる。
「箱館をご案内いたします。」
「港も、市も、蝦夷の人々が集まる交易場も、すべてご覧いただきましょう。」
マリアたちは顔を見合わせ、小さく笑みを浮かべた。
いよいよ、伝説の一本角が眠るかもしれない北の世界への第一歩が始まろうとしていた。




