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鬼の娘について

少弐はしばらく考え込んでいたが、再び住職へ一礼した。


「住職様。では、もう一つだけ。」


「もし鬼の娘の話もまた、歴史的な事実をもとにした伝承だとするならば、どのようにお考えでしょうか。」


住職は静かに微笑み、屏風へ目を向けた。


「私も、そのように考えたことがございます。」


「まず、鬼の娘とは本当に鬼の娘ではなく、この地の豪族の姫であったのでしょう。」


「田村麻呂公は、その一族と和議を結ぶため、あるいは戦を終わらせる証として、その姫を迎えられた。」


「朝廷では古くより、婚姻によって争いを収めることは珍しくございません。」


少弐は静かに頷く。


「敵を滅ぼすのではなく、家を残した。」


「左様にございます。」


住職は続けた。


「鬼は討たれたのではなく、病あるいは傷により世を去り、田村麻呂公もやがて都へ戻られた。」


「残された姫は、幼子とともにこの津軽へ留まり、一族をまとめねばなりませんでした。」


「しかし、一人の女子が北の豪族を束ね続けるには、あまりにも厳しい時代でございました。」


ライラが静かに問いかける。


「だから再婚した、と。」


「そのように考えるのが自然でございましょう。」


住職は穏やかに答えた。


「この地へ下ってきた有力な武門へ嫁ぎ、鬼の一族と新たな支配者を結び付けた。」


「それが藤原であったとも、平家であったとも伝わりますが、その名は後世の人々が当てはめたものかもしれませぬ。」


「大切なのは家の名ではなく、この地を治める者が代わっても、土地の人々が新たな領主を受け入れられるよう橋渡しをしたことでございます。」


イネスは屏風に描かれた町並みを見つめる。


「だから都の文化が伝わった……。」


住職は頷いた。


「ええ。」


「娘は都で見た寺院や仏像、学問や作法を忘れられず、この津軽にも伝えようと努めた。」


「都より僧を招き、寺を建て、祭祀を整え、市を開き、人々が安心して暮らせる国づくりを目指したのでございましょう。」


津軽は静かに口を開く。


「つまり、その娘こそが、この津軽を古き豪族の国から朝廷の文化を持つ国へ変えた立役者であったと。」


住職は微笑んだ。


「私は、そのように考えております。」


「ゆえに伝承は『鬼の娘』という一人の女性として語りますが、あるいは実際には、その血筋を継いだ姫君たちが何代にもわたり、有力豪族へ嫁ぎながらこの地を支え続けた歴史を、一人の人物へ重ね合わせたものなのかもしれません。」


少弐はゆっくりと頷いた。


「一人の姫の物語ではなく、一族の記憶を象徴する存在……。」


「伝承とは、そのような語り方をすることがございます。」


住職はそう結ぶと、静かに屏風を見つめた。


そこに描かれた鬼の娘は、もはや一人の女性ではなく、幾世代にもわたり津軽を支え続けた人々の象徴であるかのように、穏やかな笑みを浮かべていた。

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