鬼の娘の治世
マリアは静かに絵巻へ目を落としたまま、住職へ尋ねた。
「……鬼の娘たちは、その後どうなったのですか。」
住職は穏やかに頷き、静かに語り始めた。
「鬼は亡くなりましたが、娘は生き残りました。」
「娘は田村麻呂公との間に生まれた幼子を育てながら、父亡き後の鬼の一族を束ねたと申します。」
「しかし、一つ目鬼という大きな後ろ盾を失い、さらに田村麻呂公も都へ帰られると、この地を治め続けることは容易ではございませんでした。」
住職は庭へ目を向けた。
「そこで娘は、この地へ下ってきた有力な武門へ再び嫁いだと伝わります。」
「それが藤原であったとも、平家であったとも申します。あまりに古い話ゆえ、今となっては誰にも分かりませぬ。」
ライラが静かに尋ねる。
「それで、鬼の血は絶えてしまったのですか。」
「いいえ。」
住職は微笑んだ。
「娘の血筋は代々、この津軽の有力者へ嫁ぎ、この地を支え続けたと申します。」
「時の領主は変われど、鬼の娘の血筋は絶えることなく国を支え、争いを鎮め、人と鬼、朝廷と北の民を結ぶ役目を果たしたのでございます。」
少弐は静かに頷いた。
「表に立つ者ではなく、陰から国を支え続けたのですね。」
「左様でございます。」
住職は懐かしむように笑った。
「娘は生涯、田村麻呂公との日々を忘れなかったと伝わります。」
「都で見聞きしたものをこの津軽にも残したいと願い、都より高僧を招き、寺を建立し、経巻や仏像、工芸品を集めました。」
「戦で荒れた土地を、人々が誇れる町へ変えようと尽くしたのでございます。」
住職は本堂の奥へ姿を消すと、小僧たちが古びた絵巻と六曲一双の屏風、そして大きな長櫃を運んできた。
「これらは鬼の娘が守り伝えたとされる寺宝でございます。」
絵巻には田村麻呂と一つ目鬼の戦い、海より現れた一本角の神、そして戦の終わった後、人々とともに寺を築く鬼の娘の姿が描かれていた。
屏風には、寺々が立ち並び、桜が咲き、市が開かれ、都を思わせる町並みが広がっている。
「これが、鬼の娘が思い描いた津軽の姿であったと申します。」
最後に長櫃の蓋が開けられる。
中には黒地に金糸で大きな一つ目が刺繍された古い陣羽織が静かに納められていた。
「これは一つ目鬼が最後まで身にまとっていた陣羽織にございます。」
「娘は父の形見として大切に守り、後にこの寺へ奉納したと伝えられております。」
静かな風が境内を吹き抜ける。
少弐は目の前の寺宝を見つめながら思った。
鬼の物語は、戦で終わったのではない。
娘が国を治め、人々が文化を育み、その記憶を寺が守り続けたからこそ、今なお津軽には、遠い古代の物語が息づいているのであった。




