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鬼の最期

住職の話が一段落すると、しばらく誰も口を開かなかった。


やがてマリアが静かに尋ねる。


「……その後、田村麻呂公と鬼は、どうなったのですか。」


住職は微笑み、ゆっくりと頷いた。


「そこから先は、この地でもいくつかの伝わり方がございます。」


静かな声で、一つ一つ数えるように話す。


「ある者は、鬼はその場で息絶えたと申します。」


「またある者は、深手を負いながらも北の海の彼方へ逃れ、二度と姿を見せなかったとも申します。」


少弐たちは黙って耳を傾ける。


住職は螺旋の鋒へ目を向けた。


「ですが、この寺に古くから伝わる話では、少し異なります。」


庭を渡る風が木々を鳴らした。


「鬼は田村麻呂公の一撃で瀕死の傷を負い、岩木山の奥深くへ姿を消しました。」


「そこで、人知れぬ隠れ湯へ身を沈め、幾日も傷を癒やしたと申します。」


ライラが思わず口を開く。


「それで……戦いを続けたのですか。」


住職は首を横に振った。


「いいえ。」


「鬼は、自ら戦を終わらせる決意をしたのでございます。」


「傷の癒えぬ身体で、わずかな従者だけを連れ、田村麻呂公のもとを訪れました。」


「その手には武器ではなく、自らの首を差し出す覚悟がございました。」


住職は静かに語る。


「鬼は申しました。」


> 『我が命をもって、この地の争いを終わらせてほしい。』




> 『民に罪はない。』




> 『我が宝も、一族も、すべて朝廷へ委ねよう。』




「そして鬼は、一族に伝わる宝と、ただ一人の娘を田村麻呂公へ託したと申します。」


イネスは息を呑む。


「田村麻呂公は、その申し出を受け入れたのですか。」


「はい。」


住職は穏やかに頷いた。


「公は鬼の首を討つことなく、その命を許されました。」


「戦は終わった、と。」


「これ以上、血を流す必要はないと判断されたのでございます。」


しかし──。


住職は静かに目を伏せる。


「鬼は深手がもとで、その後まもなく息を引き取ったと伝えられております。」


「田村麻呂公は敵でありながら、その最期を武人として弔い、この寺の地へ丁重に葬られた。」


「ゆえに、この寺は単なる戦勝を祝う寺ではなく、敵味方双方の魂を慰める寺として建てられたとも申します。」


境内に静寂が満ちる。


住職はさらに続けた。


「また、その後のお話も伝わっております。」


「田村麻呂公は鬼の娘を保護し、ともに暮らすうち、やがて一子をもうけられたと申します。」


「その子には人と鬼、双方の血が流れていたと語られております。」


「そして田村麻呂公は、この地の統治をその子と、信頼する家臣たちへ託し、自らは都へ帰られたのでございます。」


住職は柔らかく微笑んだ。


「この地では、鬼を討ち滅ぼした英雄というよりも、争いを終わらせ、和を結んだ将として田村麻呂公を語る者が多いのでございます。」


少弐は静かに頷いた。


「なるほど……だからこの寺には、勝者だけではなく鬼までも弔う伝承が残っているのですね。」


「左様でございます。」


住職は合掌した。


「鬼もまた、この山に生きた者。」


「ゆえに敵であっても、その魂は鎮めねばならぬ──それが、この寺に伝わる教えなのでございます。」


風が境内を吹き抜け、螺旋の鋒は淡い光を受けて静かに輝いていた。そこには勝利の象徴だけではなく、戦いの終わりと和解を語る北国ならではの伝承が、今なお息づいているようであった。

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