津軽場の胸中
弘前の城下へ足を踏み入れると、岩木山は夕陽を受けて静かに紫へと染まり始めていた。
少弐一行は津軽城へ迎えられ、その日は長旅の疲れを癒やすため城内に滞在することとなる。
案内役の津軽は、宴席というよりも気心の知れた客を迎えるような穏やかな席を設けた。
酒は控えめに、山菜や川魚、北国ならではの料理が並ぶ。
旅の疲れも和らいだ頃、少弐は静かに口を開いた。
「津軽殿。南部領は広大と聞きます。この北の地から見て、いま東北はどのように映っておりますか。」
津軽はしばらく盃を眺め、ゆっくりと息をついた。
「……広大であるが故に、難しいのです。」
その一言には、重みがあった。
「南部は確かに大きな家です。しかし、この津軽はあまりにも遠い。三戸の本拠とは山も川も隔たり、季節によっては往来すらままならぬ。」
窓の外の岩木山へ視線を向ける。
「中央の命は届く。されど、その威光までは届かぬ。結局、この地はこの地で守るしかないのです。」
少弐は静かに耳を傾けた。
「私は南部に仕える身。主家への忠義に偽りはありません。しかし……。」
津軽は少しだけ苦笑した。
「この土地を預かる者として、津軽の民を第一に考えねばならぬ時もあります。南部のためか、津軽のためか。時折、その狭間で迷うこともございます。」
その言葉には、長年胸にしまってきた本音が滲んでいた。
しばし沈黙が流れる。
やがて津軽は表情を和らげた。
「ですが、少弐殿のおかげで希望も見えました。」
「私ですか。」
「ええ。」
津軽は頷く。
「小田と南部の交易です。」
「これまで南部は北を治めることには長けていても、中央との結び付きは決して強くありませんでした。しかし、小田との交易が始まり、南部は坂東を通じて畿内や西国ともつながる道を得た。」
「それは南部だけではありません。この津軽もまた、その恩恵を受けるでしょう。」
少弐は静かに微笑む。
「そう言っていただけると、交渉人冥利に尽きます。」
津軽は盃を置き、真っ直ぐ少弐を見つめた。
「晴政様は良き主です。」
その声音には、深い敬意があった。
「私は独立だの反旗だの、そのようなことは今は考えておりません。」
一拍置き、静かに続ける。
「少なくとも晴政様の御代までは、その行く末を見届けたい。」
「この広い南部が、小田との結び付きによってどこまで変われるのか。そして津軽が、その中でどのような役目を果たせるのか……それを見極めたいのです。」
少弐は深く頷いた。
「人が変われば国も変わる。国が変われば、道も変わる。」
津軽は穏やかに笑った。
「ええ。その道が北へ続くのであれば、この津軽もまた、その道を支える一人でありたいと思っております。」
その夜は政治の駆け引きではなく、一人の国人領主が胸中を語る静かな語らいとなった。
少弐は、この男がただ野心を抱く武将ではなく、北の民と土地を真に案じる為政者であることを感じ取り、翌日は津軽の案内で城下の寺々を巡る約束を交わすのであった。




