ユニコーンの幻影
潮風を受けながら、エスペランサ号は津軽を目指して北へ進み続けた。
しかし、南部氏の領国は想像以上に広い。
八戸を過ぎてもなお海岸線は続き、港から港へと補給を重ねながら進む船旅は、陸路とは違う意味で長く感じられた。
「……まだ南部なのか。」
少弐が海図を見ながら苦笑すると、マリアは頷く。
「奥州藤原の頃から北方交易を担ってきた土地だもの。海岸線が長いということは、それだけ寄港地も多いということね。」
ライラは船縁にもたれ、水平線を眺める。
「敵として攻めるには厄介だが、商人には魅力的な国だ。」
その日は風も穏やかだったため、船室ではこれまで旅の途中で描きためたスケッチを整理することになった。
羊皮紙が机いっぱいに並べられる。
奈良で見た麒麟像。
会津の山々。
法隆寺の宝物。
平泉で写した古い寺々。
そして、動植物の観察記録。
「これが一番お気に入りかな。」
マリアが一枚を取り上げた。
平泉近郊で出会った雄鹿の精密なデッサンだった。
冬毛をまとい、静かに立つ堂々とした姿。
角は左右に大きく枝分かれし、毛並みまで細かく描き込まれている。
「見事だ。」
イネスも思わず感嘆する。
「筋肉の付き方も正確ね。生き物として本当に美しい。」
そのときライラが別の紙を手に取った。
「これは?」
横から見た鹿の頭部だけを描いた観察図だった。
皆がその絵を覗き込む。
枝分かれした角は、真横から見ると一本に重なって見えていた。
まるで、額から一本だけ長い角が伸びているようだった。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて少弐が静かに言う。
「……なるほど。」
マリアも同じことを考えていたらしい。
「旅を始めた頃なら、私はこれを見て『ユニコーンだ』と思ったかもしれない。」
イネスは頷きながら、横に「側面では一本角に見える」と注記を書き添える。
「しかも遠くから見れば、枝分かれはほとんど分からないわ。」
ライラが腕を組む。
「森の中、霧の中、一瞬しか見えなければなおさらだ。」
少弐はこれまで集めた資料を見渡した。
「サイ、水牛、オリックス、イッカク、象牙細工……そして鹿。」
「私たちは最初、『ユニコーンの角そのもの』を探していた。」
「だが今は違う。」
マリアが静かに続ける。
「『ユニコーン伝説は、何から生まれたのか』を探している。」
その言葉に三人は静かに頷いた。
もしかすると、ユニコーンとは一つの動物ではない。
イッカクの角という実物。
鹿やオリックスの姿。
サイの一本角。
そして旅人や商人が語り継いだ誇張。
それらが何世紀もの交易の中で混ざり合い、西洋で「ユニコーン」という一つの伝説へと結実したのではないか。
船はなお北へ進む。
もし北方航路に、その最後の欠片――イッカクそのものの痕跡が残っているなら。
四人はその答えに、少しずつ近づいている気がしていた。




