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富という楔

南部晴政との会談を終えた夜。


城下を見下ろす宿の一室で、少弐冬明は静かに湯呑を置いた。


「大きな楔を打てました。」


誰に言うでもなく呟く。


マリアが地図を覗き込む。


「そんなに大きな成果なの?」


少弐はゆっくり頷いた。


「ええ。」


「軍事同盟ではありません。」


「だからこそ価値があります。」


地図には気仙沼と八戸が一本の線で結ばれていた。


「南部の産物は気仙沼へ。」


「気仙沼から坂東へ。」


「坂東から再び北へ。」


「富が流れ始めれば、それを断つ者は自らも損をします。」


ライラは腕を組む。


「つまり。」


「葛西と南部を、お金で結んだのね。」


少弐は微笑んだ。


「そうです。」


「同盟は裏切られることがあります。」


「婚姻も代替わりで変わります。」


「ですが。」


地図を指でなぞる。


「利益は、人を何十年も結び付けます。」


イネスは感心したように頷いた。


「交易そのものが楔になる。」


「ええ。」


少弐は続ける。


「南部が豊かになれば葛西も潤う。」


「葛西が栄えれば小田も利益を得る。」


「互いに相手が必要になる。」


「それが一番強い結び付きです。」


---


翌朝。


八戸の町を歩く。


南部領は広い。


どこまでも続く山。


深い森。


豊かな牧草地。


馬は実に見事だった。


堂々とした体躯。


引き締まった脚。


さすがは名高い南部馬である。


少弐は思わず感心する。


「晴政公は偉大な方だ。」


これほど広大な土地をまとめ上げた手腕は見事というほかない。


しかし。


同時に、少弐は別のものも見ていた。


町は静かだった。


人影は決して多くない。


畿内や西国のような賑わいはない。


市場も小さい。


広大な土地に対して、人が少ない。


さらに長く厳しい冬。


寒冷な気候。


この時代の技術では、その自然は人の営みを大きく制限していた。


少弐は北の山々を見つめる。


「豊かな国だ。」


「だが。」


「まだ富を十分に活かしきれていない。」


マリアも静かに頷く。


「人より自然の方が大きい土地なのね。」


「その通りです。」


少弐は微笑んだ。


「だからこそ交易が必要なのです。」


---


宿へ戻ると、再び地図を広げる。


伊達。


最上。


葛西。


大崎。


南部。


そして北には安東。


西には小野寺、高水寺(斯波)などの諸勢力。


少弐は一つずつ見つめる。


「南部とは結べました。」


「これで北には蓋を一枚置けた。」


マリアが尋ねる。


「伊達と最上のため?」


「ええ。」


少弐は静かに答える。


「もし伊達や最上が勢いのまま北へ伸びようとしても。」


「富で結ばれた南部と葛西が、その動きを簡単には許さないでしょう。」


もちろん、それだけで東北が安定するわけではない。


安東。


小野寺。


高水寺。


北奥羽にはまだ多くの勢力がある。


そして何より。


葛西。


大崎。


この二家が今後どのような道を選ぶか。


それが東北全体の趨勢を左右する。


少弐は静かに地図を巻いた。


「遠回りではありました。」


「ですが。」


「葛西と南部を富で結ぶことができた。」


「それだけでも、この旅には大きな意味がありました。」


窓の外では、北国の冷たい風が静かに城下を吹き抜けていた。


その風は厳しい。


しかし少弐には、その風の向こうに、北方航路がもたらす新しい時代の気配が確かに感じられたのである。

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