北の玄関
八戸に滞在して数日。
マリア、イネス、ライラの三人は、南部家から役人と護衛を付けられ、城下や港、市場、古寺を自由に見て回っていた。
「こちらが昔からの湊でございます。」
「この先には古い社がございます。」
護衛たちは丁寧に案内をしてくれる。
三人が寺社や古老を訪ねては、坂上田村麻呂や北方の伝承について尋ね歩く様子を、護衛たちは興味深そうに眺めていた。
ライラが笑って声を掛ける。
「あなたたちも何か知っているんじゃないの?」
護衛たちは顔を見合わせる。
「……。」
言いたそうではある。
しかし誰も口を開かない。
「皆、恥ずかしがりなのね。」
マリアが小さく笑うと、若い護衛は照れくさそうに頭を掻いた。
「南蛮の方々が、鬼や竜の話をそんなに真面目に調べているとは思いませんでしたので……。」
その一言で一同は笑いに包まれた。
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一方その頃。
少弐冬明は南部家当主との対面に臨んでいた。
挨拶を済ませると、少弐は葛西で用意した品々や、小田から持参した交易品を差し出した。
「これは氏治様よりのご挨拶にございます。」
しかし南部の当主は笑って首を横に振る。
「大掾殿より、すでに十分過ぎるほど頂戴しております。」
「そうでしたか。」
「ええ。」
「交易のお話も、おおよそ伺っております。」
少弐は思わず苦笑した。
「大掾殿らしい。」
南部の当主も笑う。
「実に手回しの早い御方です。」
そして少し考え込むと、
「では……。」
と言いながら周囲の棚を開け始めた。
「あれが良いか。」
「いや、こちらか。」
家臣たちも慌てて蔵を行き来する。
少弐は思わず笑みを浮かべた。
「お気遣いなく。」
「いや、そうも参りませぬ。」
「頂くばかりでは南部の名折れ。」
部屋には和やかな空気が流れた。
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やがて少弐は本題へ入る。
地図を広げ、北の海を指差す。
「小田は北方航路を切り開こうとしております。」
南部の当主は静かに頷く。
「その南の玄関として。」
少弐は気仙沼へ印を置いた。
「葛西氏の気仙沼を、小田との正式な接点としたく考えております。」
「気仙沼……。」
「北方からの品は、まず南部から海路で運ばれ、気仙沼を経て坂東へ。」
「そして坂東から武具や鉄、塩、生活物資が北へ向かいます。」
南部の当主はしばらく考え、やがて口を開いた。
「実は、こちらからも一つお願いがございます。」
「何なりと。」
「南部は古くより馬には自信があります。」
「騎馬ならば誰にも負けませぬ。」
少弐は頷く。
「存じております。」
「しかし。」
当主は少し困ったように笑った。
「船がござらぬ。」
「……。」
「交易には大いに興味があります。」
「されど、大船を持たぬ以上、北方交易を広げる術がないのです。」
その言葉を聞いた瞬間。
少弐の頭の中で、一つの道筋が鮮やかにつながった。
(――これは好機だ。)
表情には出さず、静かに口を開く。
「でしたら。」
「小田が保有する旧式坂東ガレオンをお譲りいたしましょう。」
南部の重臣たちがどよめく。
「ガレオン船を?」
「はい。」
「交易用として十分な積載量を持ちます。」
「航海技術につきましても、小田から船乗りや技師を派遣いたします。」
南部の当主は身を乗り出した。
「そこまでしていただけるのですか。」
少弐は静かに頷く。
「その代わり。」
部屋の空気が引き締まる。
「北方交易において、小田との協力を約していただきたい。」
「気仙沼を経由する交易網をともに育てること。」
「互いに港を開き、情報を共有すること。」
南部の当主は家臣たちと視線を交わす。
しばしの沈黙。
やがて力強く頷いた。
「異存ござらぬ。」
「南部は、その契約をお受けいたします。」
少弐も深く一礼した。
「ありがとうございます。」
この瞬間。
北の馬産地・南部と、坂東の海運技術が結ばれた。
少弐は内心、小さく拳を握る。
葛西では外交の道を開き、
南部では交易の道を結ぶ。
北方航路はまだ始まったばかりだったが、その土台は一歩ずつ確かなものとなり始めていたのである。




