甲板の短筒講習
翌朝。
「希望」は気仙沼を静かに離れ、北を目指して帆を張っていた。
朝日を受けた海は穏やかで、甲板には潮風が心地よく吹き抜ける。
少弐冬明は、小さな木箱を抱えて甲板へ現れた。
「皆さん、少しよろしいですか。」
マリア、イネス、ライラが集まる。
箱を開くと、中には三丁の短筒が丁寧に収められていた。
真鍮細工が施され、銃床には美しい木目が浮かぶ。
ライラは思わず感嘆する。
「ずいぶん綺麗な銃ね。」
少弐は一本を手に取り、頷いた。
「小田家製の最新式、ホイールロック式短筒です。」
「実用品ですが、装飾も施されています。」
マリアが不思議そうに首を傾げる。
「戦うためだけじゃないの?」
「もちろん武器ですが。」
少弐は銃床を軽く撫でた。
「万一、旅先で金に困れば売却できるよう価値も持たせています。」
「武器であり、財産でもあるわけです。」
イネスは感心したように眺める。
「なるほど……商人らしい考え方ね。」
少弐は箱から小さな鍵を取り出した。
「では、まず仕組みです。」
銃の側面を指差す。
「この鍵で内部のゼンマイを巻きます。」
カチ、カチ、と小気味よい音が響く。
「撃鉄を起こし、引き金を引くと、この鋼鉄の輪が勢いよく回転します。」
彼は火皿を開いた状態で空撃ちの操作だけを見せた。
歯車が回る音とともに、火打石が鋼鉄を擦る。
チッ、と小さな火花が散った。
「この火花が火皿の火薬へ移り、本装薬へ伝わって発射されます。」
マリアは目を丸くした。
「火縄がいらないのね。」
「ええ。」
「風にも比較的強く、素早く扱えます。」
ライラは短筒を手に取る。
「軽い。」
「護身用ですから。」
少弐は頷いた。
「ただし。」
表情が少し真剣になる。
「この銃には重要な注意があります。」
三人は顔を上げた。
少弐は銃を裏返し、小さな金具を指差す。
「これは安全止め――いわばロックです。」
「撃つ前に解除しなければ引き金を引いても作動しません。」
ライラが試しに引いてみる。
「本当だ。動かない。」
「逆に言えば。」
少弐は穏やかに笑う。
「普段は必ずロックを掛けて携行してください。」
そして声を少し低くした。
「ですが、これから先は敵地へ入ります。」
甲板の向こうには北の海が広がっていた。
「敵地では状況が変わります。」
「襲われるかもしれないと思ったら。」
「必ずロックを外してください。」
イネスが頷く。
「慌てている時に解除を忘れたら意味がないものね。」
「その通りです。」
少弐は一人ひとりへ短筒を手渡した。
「マリア殿。」
「はい。」
「船長として最後まで船を守ってください。」
「任せて。」
「イネス殿。」
「医者だから撃たないで済むのが一番だけど。」
少弐は微笑む。
「その通りです。これは命を守る最後の手段です。」
最後にライラへ渡す。
「ライラ殿。」
ライラは慣れた手つきで重心を確かめる。
「剣とは勝手が違うけれど、覚えておくわ。」
少弐は箱の中の鉛玉と火薬袋も示した。
「弾薬は十分あります。」
「しかし無駄撃ちは禁物です。」
「この銃は護身用。」
「撃つためではなく、無事に帰るために持つものと思ってください。」
三人は静かに頷いた。
潮風が帆を鳴らす。
未知なる北の海へ向かう「希望」の甲板では、それぞれが新たな旅の重みを感じながら、短筒を大切に腰へ収めたのであった。




