気仙沼の再会
平泉を発つ朝。
本来なら一週間ほどの滞在で終える予定であった。
しかし、それは十日に延びた。
葛西晴信は何度も少弐を館へ招き、東北の情勢を語り続けた。
中尊寺の高僧は坂上田村麻呂の話にすっかり夢中となり、蔵の古文書を次々と持ち出しては夜遅くまで議論を交わした。
「またいつでもお越しくだされ。」
高僧は名残惜しそうに笑う。
葛西晴信も門前まで見送りに立った。
「少弐殿。」
「はい。」
「氏治公へのお取り次ぎ、何卒よろしくお願いいたします。」
少弐は深く一礼した。
「必ず、この目で見たこと、耳で聞いたことを一言一句違えずお伝えいたします。」
葛西も静かに頭を下げた。
「そのお言葉だけで十分でございます。」
四人は馬を進め、平泉を後にした。
目指すは気仙沼。
北方航路への玄関口である。
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数日後。
海の香りが風に混じり始めた頃、岬の向こうに白い帆が見えた。
マリアは思わず馬を止める。
「あれは……!」
港には見覚えのある船が静かに停泊していた。
船首に刻まれた名前。
『希望』
マリアの船である。
「希望!」
思わず駆け出したマリアに、船上から手を振る船員たちが歓声を上げる。
「船長、お帰りなさい!」
「ご無事で!」
マリアは満面の笑みで手を振り返した。
その周囲には十数隻の細身の軍船が停泊している。
新造された坂東フリガッタであった。
その中央の船から一人の武将が桟橋へ降りてくる。
「少弐殿!」
「大掾殿。」
海軍奉行・大掾幹康である。
大掾は笑みを浮かべた。
「相馬より護衛して参りました。」
マリアは驚いたように尋ねる。
「わざわざ?」
「北方航路へ向かう大切な船です。」
大掾は希望を見上げる。
「氏治様より、『無事に気仙沼まで送り届けよ』とのご命令でした。」
マリアは船体を優しく撫でた。
「ありがとう……。」
長旅を終えた愛船は、変わらぬ姿で主人を待っていた。
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その夜。
港の役宅で、大掾と少弐は向かい合っていた。
少弐は平泉での出来事を詳しく報告する。
葛西晴信との会談。
中尊寺での伝承。
坂上田村麻呂の槍。
そして北方航路の構想。
話を聞き終えた大掾は静かに頷いた。
少弐は姿勢を正す。
「一つ、氏治様へお伝えいただきたいことがあります。」
「承りましょう。」
「気仙沼は北方航路の南の玄関として十分な価値があります。」
大掾も迷わず頷いた。
「私も同感です。」
少弐は続ける。
「葛西晴信殿は、小田との交易を強く望んでおります。」
「ええ。」
「氏治様には、小田家重鎮・水戸頼家殿を葛西晴信殿のもとへ派遣していただきたいのです。」
大掾は少し考えた。
「頼家殿なら外交も交易も任せられますな。」
「これは軍事同盟ではありません。」
少弐は静かに言う。
「北方航路を支える港を育てるための第一歩です。」
「承知しました。」
大掾は力強く頷いた。
「そのまま氏治様へお伝えいたします。」
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翌朝。
出航前。
大掾は木箱を抱えて桟橋へ現れた。
「少弐殿。」
蓋を開く。
中にはホイールロック式短筒が三丁。
少弐は苦笑する。
「私は一丁持っております。」
「存じております。」
大掾も笑った。
「ですから、もう二丁です。」
鉛玉。
火薬。
そして予備のゼンマイ鍵まで丁寧に揃えられている。
「これより北は、小田家の領域ではございません。」
その声は真剣だった。
「海路も。」
「陸路も。」
「何が起こるか分かりませぬ。」
そして三人へ目を向ける。
「船長殿。」
マリアは頷く。
「医師殿。」
イネスも短筒を受け取る。
「剣士殿。」
ライラは静かに腰へ収めた。
「客人であろうとも、自らの身は自ら守っていただきたい。」
少弐は短筒を見つめ、小さく笑った。
「過保護ですな。」
大掾も笑う。
「北方航路は、小田にとっても未知の世界。」
「万一があっては困ります。」
少弐は深く一礼した。
「必ず無事に戻ります。」
大掾は港を見渡した。
「その時は、北方の話を土産に聞かせてください。」
潮風が帆を膨らませる。
愛船**『希望』**は主人を乗せ、新たな未知の海へ向けて静かに出航の時を迎えていた。




