田村麻呂の道
平泉での調査も終盤を迎えた頃。
四人は宿の一室に集まり、兵学館から借り受けた数冊の書物を机いっぱいに広げていた。
その中でも少弐が興味を示したのは、一冊の古びた軍記である。
表紙には、
『征夷記』
とだけ記されていた。
「これは……坂上田村麻呂についてまとめたものか。」
頁をめくると、胆沢城、志波城、鎮守府、蝦夷征討の記録が断片的に残されている。
イネスは別の巻物を手に取る。
「こちらは源頼朝の奥州征伐ね。」
さらに平家討伐の軍記も並べられていた。
ライラは不思議そうに尋ねる。
「征夷と平家討伐を一緒に調べるの?」
少弐は頷いた。
「最初は別々の出来事と思っていた。」
「でも?」
「読めば読むほど、同じやり方をしている。」
マリアも興味を示す。
「どういう意味?」
少弐は墨を取り出し、大きな地図を机いっぱいに広げた。
「見ていてほしい。」
まず京都に小さな丸を描く。
そこから東へ一本の線を引く。
近江。
美濃。
信濃。
会津。
さらに北。
平泉。
胆沢。
志波。
少弐は田村麻呂の進軍経路を書き込んでいく。
「ここが軍勢の道。」
続いて別の墨で印を付ける。
「そして、ここ。」
鹿島。
香取。
成田。
中尊寺。
各地の寺社。
城。
鎮守府。
「拠点……。」
イネスが呟いた。
少弐はさらに源頼朝の奥州征伐を重ねて記していく。
不思議なことに、多くの地点が重なった。
ライラは身を乗り出す。
「同じ道を通っている。」
「完全ではないけれど。」
マリアも頷く。
「主要な拠点が驚くほど一致している。」
少弐は腕を組んだ。
「つまり。」
部屋は静まり返る。
「日本では征服地へ進むたびに。」
「寺を建て。」
「神社を建て。」
「城を築き。」
「兵を置く。」
「その土地を調伏し。」
「兵站基地として利用する。」
ライラは目を丸くした。
「宗教施設が軍事施設でもある?」
「少なくとも。」
少弐は慎重に言葉を選ぶ。
「信仰だけでは説明しきれない。」
イネスも考え込む。
「病院と補給所を兼ねる修道院みたいなものかしら。」
「西洋でも似た例はある。」
マリアは地図を眺めながら言う。
「植民地でもまず教会が建つもの。」
少弐は頷いた。
「だから日本も同じなのではないか。」
彼は田村麻呂の進軍路をさらに北へ延ばした。
胆沢。
志波。
津軽。
その先には何も記されていない。
墨の線だけが、地図の余白へ伸びていた。
ライラが静かに呟く。
「ここから先は?」
「分からない。」
少弐は首を横に振る。
「しかし。」
彼はもう一冊の本を開いた。
そこには各地へ田村麻呂が社を勧請したという伝承が断片的に書かれている。
「戦った場所には寺。」
「重要な土地には神社。」
「そして。」
「田村麻呂の伝説が残る。」
少弐は地図を見つめた。
「もし怪物が、異民族や部族との戦いを比喩したものなら。」
マリアが続ける。
「田村麻呂が進んだ先に、その怪物が現れる。」
イネスはさらに一歩踏み込む。
「逆に言えば。」
「伝説が残る場所を追えば。」
ライラが地図の北端を指差した。
「田村麻呂が実際に進んだ限界も見えてくる。」
四人は互いの顔を見合わせた。
少弐は墨を置き、静かに笑う。
「面白くなってきた。」
これまで彼らは伝説そのものを追っていた。
しかし今は違う。
軍記。
寺社。
城。
そして進軍路。
それらを一本の線で結べば、伝説は歴史の中へ姿を現すかもしれない。
少弐は地図を丁寧に巻きながら言った。
「次は田村麻呂の築いた拠点を、一つずつ訪ねよう。」
「その先にこそ、北の怪物の正体が待っている気がする。」




