北の怪物を追え
平泉での滞在も十日を過ぎた。
中尊寺や毛越寺を巡り、高僧や古老、修験者、旅の僧らから、四人は数え切れぬほどの伝承を聞き集めていた。
奥州藤原氏が黄金によって築いた栄華。
源義経がなお北へ逃れ、生き延びたという話。
北方の蝦夷との交易。
そして、蝦夷地へ渡る古い航路。
聞けば聞くほど、この北の大地は歴史と伝説が入り混じる土地だった。
ある日、白髪の老僧が面白そうに笑った。
「もっと北へ参れば、不思議な話はいくらでもございますぞ。」
マリアが興味津々に身を乗り出す。
「例えば?」
「遠く北には、西洋の聖人――イエス・キリストの墓がある、と申す者までおります。」
三人は思わず顔を見合わせた。
ライラが吹き出す。
「それはさすがに飛躍しすぎじゃない?」
イネスも苦笑した。
「もし本当なら、ローマ中がひっくり返るわ。」
マリアも肩をすくめる。
「眉唾ね。でも、こういう話は嫌いじゃないわ。」
老僧は笑いながら頷いた。
「伝承とは、その土地の人々の願いも映す鏡にございます。」
少弐も笑って聞いていたが、三人の視線はすでに別の話へ向いていた。
「坂上田村麻呂のお話も残っております。」
老僧が巻物を広げる。
そこには鬼。
大蛇。
一角の獣。
山を覆う怪物。
人を惑わす妖異。
数々の異形が描かれていた。
ライラは腕を組む。
「ずいぶん怪物が多いのね。」
イネスは巻物を注意深く見つめる。
「でも、少し変じゃない?」
マリアが頷く。
「私もそう思った。」
少弐が尋ねる。
「何がです?」
イネスは鬼の絵を指差した。
「怪物そのものというより……。」
マリアが続ける。
「軍勢を誇張して描いたようにも見える。」
ライラも別の絵を指差した。
「この大蛇も、川を挟んだ防衛線の比喩かもしれない。」
少弐は黙って聞いていた。
マリアは巻物を閉じる。
「西洋でもそういうことはよくあるわ。」
「ドラゴン退治の伝説が、実は異民族との戦争だったり。」
「巨人が砦を意味していたり。」
「悪魔が異教徒を指していたり。」
イネスも頷く。
「医学書でも比喩は珍しくないもの。」
ライラは静かに呟いた。
「つまり。」
「坂上田村麻呂が戦った『怪物』とは。」
少弐も続ける。
「北方の部族。」
「あるいは、その土地の勢力。」
四人は同じ結論に辿り着いた。
老僧は微笑みながら答える。
「昔の軍記は、そのように読めなくもございませぬ。」
少弐は地図を広げる。
坂上田村麻呂が進軍した道。
胆沢。
志波。
さらに北。
そして津軽へ。
その指先は、ゆっくりと北を目指して進んでいく。
マリアが静かに言った。
「もし田村麻呂の伝説が、本当に北への遠征を記録したものなら。」
イネスが続ける。
「痕跡は進軍路に残るはず。」
ライラは地図の最北を見つめる。
「怪物の伝説も、一緒に北へ移っていく。」
少弐は目を細めた。
「つまり。」
「坂上田村麻呂の足跡を追えば。」
マリアが笑う。
「北の怪物に行き着く。」
「もちろん、本物の怪物じゃないわ。」
ライラも笑った。
「でも、その怪物の正体が、人なのか、部族なのか、それとも本当に見たこともない獣だったのか。」
イネスは静かに巻物を閉じる。
「それを確かめる価値はある。」
少弐は地図を丁寧に巻き直した。
これまで彼らは「ユニコーンの角」を追ってきた。
だが今、その探索は一歩進んだ。
伝承だけを追うのではない。
伝承が生まれた土地を追う。
そして、その土地に生きた人々を知る。
その先にこそ、伝説の正体がある。
少弐は静かに頷いた。
「次は北だ。」
「坂上田村麻呂が歩いた道を、一つずつ辿ってみよう。」
四人は新たな目的を胸に、平泉を発つ日が近づいていることを感じていた。




