土浦評定 飢えと盾
霞浦兵学館が開校し、土浦が商都と学都の二つの顔を持ち始めると、人の流入は氏治の予想を上回った。
商人、職人、生徒、教官、その家族。
日に日に町は賑わいを増し、土浦城下には新しい家々が建ち並んでいく。
ある日、土浦城の評定には学長モンケ、陳猛哲、ルソン傭兵隊長フェルディナンド、シャムの教官プラヤー・スリウォン、宍戸政繁、鹿島政道らが顔を揃えていた。
氏治は町の帳面を広げる。
「嬉しい誤算だ。」
「人が集まるのは良い。だが、この勢いではいずれ食糧が足りなくなる。」
宍戸が静かに頷いた。
「今年は備蓄で持ちこたえられます。しかし、このまま人口が増え続ければ、数年で米不足になるでしょう。」
氏治は小さく息を吐く。
「戦で負ける前に、飢えで負けては意味がない。」
「飢饉にも強い作物を探そう。」
すると陳猛哲が口を開いた。
「福建では近年、南方から伝わった芋が評判です。」
「痩せた土地でも育ち、飢えの備えになると聞いております。」
フェルディナンドも頷く。
「ルソンでも兵糧として重宝されています。」
スリウォンも続けた。
「シャムでも広く育てられています。水田に向かぬ土地でも収穫できます。」
三人の話を聞いた氏治は頷いた。
「ならば調べる価値は十分ある。」
氏治は宍戸を見た。
「本来なら宍戸に頼みたい。」
宍戸は苦笑した。
「恋瀬川橋城の普請が佳境です。今は現場を離れられませぬ。」
「そうだった。」
氏治は笑って頷く。
「橋城はお前にしか任せられない。」
そして鹿島政道へ向き直る。
「鹿島殿。」
「はっ。」
「まずは鹿島衆が中心となり、シャム、ルソンの者たちとともに、その芋を調査してほしい。」
「種芋、育て方、保存法まで、分かることはすべて持ち帰ってほしい。」
鹿島政道は力強く頭を下げた。
「承知いたしました。」
「南方との交易網を使い、必ず成果を持ち帰ります。」
氏治は満足そうに頷いた。
「橋城が完成した後は、宍戸に栽培と普及を任せよう。」
「築城も農も、お前ほど頼れる者はいない。」
宍戸は照れくさそうに笑った。
「橋を造り終えましたら、今度は畑を造ってみせます。」
評定には笑いが広がった。
だが氏治はまだ席を立たない。
「もう一つある。」
部屋の隅に立て掛けられた坂東楯へ歩み寄る。
「この楯も改良したい。」
フェルディナンドが興味深そうに楯を手に取る。
「どのように。」
「私は、兵が楯を持ったまま前進し、そのまま鉄砲を撃てるようにしたい。」
「止まれば楯を立て、撃ち終えればまた前進する。」
「攻め続けられる楯だ。」
モンケは腕を組む。
「軽さと強度の両立が必要ですな。」
スリウォンも頷く。
「持ち方も工夫せねばなりません。」
フェルディナンドは楯を構えながら言った。
「肩へ重さを逃がし、下には支えを付ければ、据え置きと携行を素早く切り替えられます。」
氏治はさらに続ける。
「そしてもう一つ。」
「楯と楯がぴたりと合わさる形にしてほしい。」
皆が氏治を見る。
氏治は楯を二枚並べる仕草をした。
「兵が横へ並べば、一枚の壁のようになる。」
「隙間なく並び、見た目も揃えば士気も上がる。」
モンケは図を描き始める。
「縁を凹凸に加工すれば噛み合いますな。」
スリウォンも続ける。
「横へ押されても崩れにくくなります。」
フェルディナンドは笑った。
「鉄砲隊が安心して前進できます。」
氏治は三人を見渡す。
「この楯は、兵学館の共同研究とする。」
「モンケは構造。」
「フェルディナンドは鉄砲との運用。」
「スリウォンは前進陣形。」
「三人で坂東楯を完成させてほしい。」
三人は同時に頭を下げた。
「承知しました。」
評定が終わる頃には、土浦には二つの新しい課題が動き始めていた。
一つは、飢えから民を守る新たな作物。
もう一つは、兵を守りながら前へ進む新たな楯。
氏治は城下を見下ろし、小さく呟く。
「国は戦だけでは守れない。」
「食と学と技、そのすべてが揃って初めて強い国になるんだ。」




