春の奥州街道、平泉への道
米沢を発った一行は、伊達家の武士たちに護られながら奥州街道を北へ進んだ。
春を迎えた奥州は、ようやく長い冬の眠りから目覚めようとしていた。
山々にはまだ雪が白く残るものの、麓では若草が萌え、街道脇には山桜が淡く咲き始めている。雪解け水を集めた川は澄みきって勢いよく流れ、野には蕗や土筆が顔を出していた。
「九州とは、春の訪れ方がずいぶん違いますね。」
少弐冬明が馬上から景色を眺めると、案内役の伊達家の武士が笑った。
「奥州の春は遅いのです。その分、一度暖かくなると山も野も一斉に色づきます。」
マリアは手帳を広げ、咲き始めた花々を丁寧に描き留める。
「同じ日本でも、まるで別の国を旅しているみたい。」
イネスも頷いた。
「空気まで違うわ。澄んでいて、とても気持ちいい。」
ライラは街道の先にそびえる山々を見上げる。
「こんな土地なら、修験者や伝説が多いのも分かる気がする。」
数日後、一行は伊達領の北端へたどり着いた。
境近くの宿場では、すでに葛西家の迎えが待っていた。
伊達家の武士が一通の紹介状を差し出す。
「ここから先は葛西殿がお守りくださる。」
葛西方の侍は丁重に受け取り、一礼した。
「小田家の使者とその御一行、お迎えに参りました。平泉まで責任を持ってご案内いたします。」
伊達の武士は少弐へ向き直る。
「ここで我らの役目は終わりです。どうかお気をつけて。」
少弐は深く頭を下げた。
「伊達殿には心より感謝をお伝えください。」
互いに礼を交わし、護衛は葛西家へと引き継がれた。
街道をさらに北へ進むにつれ、北上川はゆったりと流れ、その流域には豊かな田畑が広がる。
「この川が、奥州の命なのですね。」
マリアの言葉に葛西家の案内役は誇らしげに頷く。
「昔より、この川を行き交う船が人も物も運んでまいりました。平泉が栄えたのも、この流れがあったからです。」
やがて、歴史に名高い平泉の地が姿を現した。
丘陵の間に寺々の甍が見え、静かな町並みの向こうには、中尊寺の森が春霞に包まれている。
「ここが……平泉。」
少弐は静かに呟いた。
奥州藤原氏が築き上げた黄金の都。
今は往時ほどの賑わいはないものの、その空気にはなお悠久の歴史が息づいていた。
葛西家の役人は宿を指し示す。
「調査は明日からでも遅くはありますまい。長旅のお疲れもありましょう。まずは湯治宿で身体を休められてはいかがでしょう。」
少弐は三人へ目を向ける。
「賛成です。焦る旅ではありません。今日は身体を休め、明日から平泉を見て回りましょう。」
「異議なし!」
マリアが元気よく手を挙げる。
「温泉なら大歓迎。」
イネスも笑顔を見せた。
「旅の疲れも取れそうね。」
ライラは肩を回しながら苦笑する。
「剣を背負って歩き続けたから、肩が少し張っているわ。」
一行は葛西家の勧める湯治宿へ入り、それぞれ荷を下ろした。
窓の外には春風に揺れる柳と、ゆっくりと流れる川。
静かな湯煙が立ちのぼる平泉の夕暮れは、長旅を続けてきた四人を優しく迎えてくれるのだった。
翌日から始まるのは、中尊寺、毛越寺、そして奥州藤原氏が遺した北方交易の痕跡を巡る、本格的な調査である。




