「西洋の講義」
黒川温泉で旅の疲れを癒やした翌日、一行は会津城の広間へ招かれた。
宇都宮朝綱は少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「実は、一つお願いがあります。」
マリアが微笑む。
「お願いですか。」
「兵学館を卒業した若い武士や、会津で学ぶ者たちに、西洋のお話をしていただけないでしょうか。」
「もちろん無理にとは申しません。」
「ささやかですが、お礼もご用意いたします。」
少弐は笑った。
「いい勉強になるよ。」
「君たちの知識は、この国では何より貴重だから。」
マリアも頷く。
「喜んで。」
「何を話しましょうか……。」
少し考えたあと、彼女は笑顔になった。
「昨日、少弐殿が鹿島や大掾のお話をしてくださいました。」
「海を治める者という話でしたね。」
「それなら、西洋でも海を支配した人々のお話をいたしましょう。」
兵学館の学生や会津武士たちが興味深そうに耳を傾ける。
マリアは地図を広げた。
「北の海には、かつてヴァイキングと呼ばれる海の民がおりました。」
「優れた航海術を持ち、小さく速い船で海を渡り、交易もすれば略奪も行いました。」
朝綱が頷く。
「海賊でもあり、商人でもあったのですね。」
「その通りです。」
マリアは続ける。
「しかし彼らは、ただの盗賊ではありません。」
「アイスランドやグリーンランドへ移住し、さらに西の大陸へ渡った者もいたと伝えられています。」
広間がざわめく。
ライラも補足する。
「そして彼らには独特の神話があります。」
「主神オーディン、雷神トール、悪戯好きのロキ。」
「戦で勇敢に戦った者はヴァルハラという館へ迎えられると信じられていました。」
イネスは黒板代わりの板へ簡単な船の絵を描きながら説明する。
「このような細長い船で川も海も進みました。」
学生たちは熱心に筆を走らせる。
朝綱も思わず感心した。
「海賊の歴史を学ぶことが、航海術や交易の歴史にもつながるのですね。」
少弐は笑う。
「敵を知ることも学問だからね。」
講義は半日近く続き、大いに好評を博した。
終わると朝綱は深く頭を下げる。
「本当にありがとうございました。」
「会津の若者たちにとって、忘れられない一日となりました。」
彼は家臣へ目配せすると、木箱が四つ運ばれてきた。
箱を開けると、中には美しい茶色の毛皮が収められている。
マリアが目を丸くした。
「これは……。」
朝綱は穏やかに答えた。
「天の毛皮です。」
「会津やさらに北では、古くから良質な毛皮が採れます。」
「これから皆様は米沢、さらに北を巡られるのでしょう。」
「奥州の冬や山の夜は、京や鹿島とは比べものにならぬ寒さです。」
ライラは毛皮に触れ、その柔らかさに驚いた。
「なんて軽く、暖かい……。」
イネスも感心する。
「こんな上質な毛皮は初めて見ました。」
朝綱は微笑んだ。
「会津からのお礼です。」
「職人が旅用の外套として仕立てました。」
「どうか旅のお供になさってください。」
少弐も箱を開け、自分の分を見て笑う。
「これは贅沢だ。」
「ありがとう、朝綱。」
朝綱は照れくさそうに答えた。
「皆様には学問という大きな贈り物をいただきました。」
「それに比べれば、この程度では到底足りません。」
マリアは毛皮の外套を肩に掛けながら笑顔で言った。
「これなら、北国の旅も心強いですね。」
ライラも嬉しそうに頷いた。
「会津の温かさは、温泉だけではありませんでした。」




