「神社と寺の違い ― 戦国の日本にて」
船は相馬を目指し、穏やかな太平洋を北へ進んでいた。
ライラは甲板で地図を畳むと、少弐へ向き直る。
「冬明、一つお聞きしたいことがあります。」
「どうぞ。」
「日本には神社と寺がありますね。」
「寺は仏陀の教えを学ぶ場所だということは分かります。」
「ですが、神社は何なのでしょう。同じように祈る場所に見えるのですが、その違いがよく分かりません。」
少弐は少し笑った。
「それは異国の人には難しいだろうね。」
「実は、日本人でも一言では説明できない。」
マリアとイネスも耳を傾ける。
「まず寺は、仏教の場所だ。」
「お坊さんが修行し、仏や菩薩に祈り、亡くなった人の供養をしたり、経を説いたりする。」
ライラはうなずく。
「そこまでは理解できます。」
少弐は続けた。
「一方、神社は神道の社だ。」
「山や川、海、木々、祖先、そして国を守る神々を祀る。」
「日本では、昔からこの国そのものに神々がおられると考えられてきた。」
イネスが尋ねる。
「では、神社の神と仏は別なのですか。」
少弐は首を横に振った。
「そこが日本らしいところなんだ。」
「この戦国の世では、多くの人は『神と仏は対立するもの』とは考えていない。」
「むしろ神は仏を守り、仏は神を導くという考えも広く信じられている。」
ライラは少し驚く。
「同じ信仰の中にあるのですか。」
「そう。」
「例えば、大きなお寺の中に神社があったり、神社の隣に寺が建っていたりすることも珍しくない。」
「神職と僧が行き来することもある。」
マリアは周囲を見回しながら言った。
「ヨーロッパでは考えにくいですね。」
少弐は苦笑した。
「だから宣教師たちも最初は戸惑う。」
「日本人は神社にも寺にも普通に参るからね。」
ライラは興味深そうに尋ねる。
「では武士は、どちらを信じるのですか。」
「両方だよ。」
少弐は即答した。
「戦へ向かう前には氏神へ勝利を祈る。」
「戦友が討たれれば寺で供養する。」
「病になれば薬師如来へ祈り、豊作は神社で願う。」
「どちらか一方だけという人は、あまり多くない。」
イネスは感心したように言う。
「実に実際的ですね。」
「信仰が暮らしの中にある。」
「その通り。」
少弐は頷く。
「それに大名家には、それぞれ守り神がある。」
「例えば鹿島家なら鹿島の神。」
「伊達家なら土地の神々を大切にする。」
「戦国武将は寺を保護することもあれば、神社を修復することもある。」
ライラは少し考えてから微笑んだ。
「つまり日本では、神社はこの国や土地を守る神々への祈りの場。」
「寺は仏の教えを学び、亡き人を弔う場。」
「しかし実際には、人々はその二つを自然に行き来している。」
「そう理解してよいのですね。」
少弐は満足そうにうなずいた。
「うん。この戦国の日本では、その理解が一番実情に近い。」
「だから君たちがこれから旅をする奥州でも、神社と寺が並んで建っている景色を何度も見ることになるだろう。」
ライラは航海日誌に書き留めた。
「日ノ本では、神と仏は争うものではなく、人々の暮らしをともに支える存在である。」
そして彼女は、奥州で訪れる神社や寺への期待を胸に、水平線の彼方を見つめた。




