↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
618/1029

北方航路への出航

兵学館で過ごした日々は、三人にとってかけがえのない時間だった。


西洋では見ることのできない漢籍や地図、薬学書、そして各地から集められた標本。


まさに知識の泉と呼ぶにふさわしい場所である。


別れの日、マリアは名残惜しそうに校舎を見渡した。


「もっと滞在したいわ……。」


イネスも微笑む。


「ここなら一年いても退屈しないでしょうね。」


ライラは書物をそっと閉じた。


「でも、答えは本の中だけでは見つからない。」


少弐も頷く。


「また戻ってくればよい。今は北へ向かおう。」


四人は兵学館を後にし、一路鹿島を目指した。



---


鹿島へ着くと、港の景色は数か月前とは一変していた。


前年の年末に進水した坂東フリガッタ第一番艦に続き、この四月までの間に紀伊と土佐中村の造船所から、新造艦が次々と回航されてきていたのである。


埠頭には細身の船体を並べた新鋭艦が整然と係留され、兵や水夫たちが慌ただしく艤装を整えていた。


その光景を見て、マリアは思わず息をのむ。


「もう艦隊になっている……。」


少弐も満足そうに頷いた。


「紀伊と中村、二つの造船所が同時に動けばこれほど違うか。」


その時、甲冑姿の大掾幹康が一行を迎えに現れた。


「お待ちしておりました。」


深く一礼すると、その後ろには整列した士官たちの姿がある。


大掾は海を振り返った。


「坂東フリガッタ艦隊、出航準備完了しております。」


少弐は静かに尋ねる。


「海軍奉行としての最初の任務は分かっているな。」


「はっ。」


大掾は力強く答えた。


「坂東フリガッタ艦隊の任務は、マリア殿らによる北方交易・外交探索の護衛であります。」


「敵船との決戦ではありません。未知の海域を安全に航行し、外交使節を守り、必要があれば退路を確保すること。それが第一の使命です。」


マリアは少し驚いたように少弐を見る。


「私たちが主役なの?」


少弐は微笑んだ。


「今回は戦ではない。」


「知を求める遠征だ。」


ライラも剣に手を添えた。


「だからこそ、護衛が必要なのね。」


大掾は頷いた。


「新造艦の性能試験も兼ねております。荒海での帆走、補助オールの運用、砲の射界、艦隊行動――すべてを北方航海で検証します。」


新たな軍艦。


未知の海。


そして、まだ見ぬ北方交易の終着点。


鹿島港には春の風が吹き抜け、新鋭の坂東フリガッタ艦隊は、知と外交を守るための初任務として、北の海へ船首を向けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。