北方から来る角
興福寺の一室。
陳から「一角の角は北方からもたらされる貴重な薬材」と聞いた後も、少弐はその言葉が頭から離れなかった。
やがて彼はライラへ視線を向ける。
「ライラ殿、先ほど『北方の産物』と言っていたな。」
「ええ。」
「私は西洋の地理には疎い。ユニコーンの角がどこから来るという話なのか、詳しく聞かせてもらえないか。」
ライラはうなずいたが、横でマリアが口を開いた。
「その話なら私の方が詳しいわ。」
マリアは机の上に羊皮紙を広げ、ヨーロッパの略図を描き始めた。
「ポルトガルにも『ユニコーンの角』はあるわ。でも、それはポルトガルで採れるものではないの。」
少弐は静かに聞き入る。
「昔から本物とされる角は、神聖ローマ皇帝の領地よりさらに北――修道院や王宮の宝物庫にあることが多いの。」
「さらに北……。」
「ええ。そして以前も話したでしょう。リューベックを中心とするハンザ同盟。」
マリアは北海沿岸を指でなぞる。
「商人たちの大きな同盟よ。日本で言えば座や商人組合のようなものだけれど、もっと結束が強いわ。彼らは利益になる販路を決して他人に譲らない。」
イネスも頷いた。
「だから産地は秘密にされるのね。」
「そう。」
マリアはさらに北を指差した。
「私の推理では、あの角はデンマーク王国を起点として、さらに北方から運ばれてくる。」
少弐が眉をひそめる。
「デンマークより北……。」
「ええ。商人たちは北から持ち込み、それをハンザ商人が各国へ売りさばく。だからポルトガルにも届くけれど、誰も本当の産地は知らない。」
ライラが続ける。
「西洋では、それがユニコーンの角だと信じられているわ。」
部屋が静まり返る。
少弐はゆっくりと興福寺で見た角杯を思い浮かべた。
「中国では『北方から来る一角の角』。」
「西洋では『デンマークよりさらに北から来るユニコーンの角』。」
彼は二つの話を並べて考える。
「……少なくとも共通しているのは、どちらも北方の産物として扱われていることだ。」
マリアは静かに頷いた。
「だから私は、本来『ユニコーンの角』と呼ばれていたものは、その北方から運ばれてくる角だったのではないかと考えているの。」
少弐は腕を組み、しばらく地図を見つめた。
「伝説だけを追っていては見えないものがある。」
彼はゆっくりと顔を上げる。
「まず調べるべきは、霊獣ではない。北方交易だ。」
その一言に、四人は次に追うべき手がかりが、伝説ではなく北の海と交易路にあるのではないかという思いを強くするのだった。




