南方より来た偽りの角
興福寺の客殿では、飛鳥と吉野で集めた絵図や日誌が、机いっぱいに広げられていた。
麒麟、竜、鵺、大蛇。
名前も姿も異なる霊獣たちの傍らには、それらの角や牙と伝えられる宝物の写生が並んでいる。
イネスは材質ごとに絵を分け、紙片に注釈を加えていった。
鹿の角と思われるもの。
牛や水牛の角を削ったもの。
サイの角らしきもの。
象牙を加工したもの。
それらは寺社では「麒麟の角」「竜の角」「鵺の角」と伝えられていたが、並べて比較すれば、形や材質には明らかな違いがあった。
「つまり、日本にある霊獣の角は、一種類ではないのね」
マリアが腕を組んだ。
「同じ『竜の角』と呼ばれていても、鹿角のものもあれば、牛角のものもある。遠い国から来たらしい象牙やサイ角まで混ざっている」
イネスは頷き、象牙製と思われる印章の写生を指した。
「日本には象もサイもいません。それなのに、こうした素材が寺や武家の宝物として残っています。おそらく南方との交易を通じて入ってきたのでしょう」
「天竺や南蛮からもたらされた珍品なら、それだけで霊獣の一部だと思われても不思議ではないな」
少弐冬明が腰を庇いながら言った。
空蝉の施術を受けたことで痛みは和らいでいたが、まだ立ち上がるときには慎重に身体を動かしていた。
「献上する側も、ただの牛の角や象の牙とは申さぬでしょう。『天竺の霊獣の角』『海の彼方の竜の牙』と称したほうが、贈り物としての価値は高くなります」
ライラがサイ角の写生を手に取る。
「形の分からない異国の動物なら、受け取った側には確かめる方法がない。珍しい素材に伝説の名前を与え、寺社へ奉納する。何代か過ぎれば、それが本当に竜や麒麟の角として伝わっていく……」
「待って」
マリアが顔を上げた。
その目は、航海中に新しい海路を見つけたときのように鋭くなっていた。
「それは日本だけの話ではないかもしれない」
彼女は荷物の中から、ポルトガルを出る前に記した交易品の覚え書きを取り出した。
そこには象牙、犀角、香料、宝石、薬種など、アフリカやインド、東南アジアから運ばれてくる品々が記されていた。
「最近、リスボンやアントウェルペンにも、『ユニコーンの角』と称する品が以前より多く入ってきているわ」
イネスが考え込む。
「でも、本物のユニコーンがそれほど多く捕らえられたという話は聞きません」
「そうよ。角だけが急に増えているの」
マリアは日本で見た遺物の写生と、交易品の記録を並べた。
「ポルトガルの船は、アフリカ沿岸から象牙を運ぶ。インドからはサイの角が来る。さらに東へ進めば、水牛の角も珍しい獣の角として売られている。それらがヨーロッパへ着いたとき、何と呼ばれると思う?」
ライラが答えた。
「ユニコーンの角」
部屋が静まり返った。
イネスは手元の紙に、新しい推論を書き始める。
「つまり、近年ヨーロッパへ入っているユニコーンの角の多くは、アジアやアフリカの産物ではないかということですね」
「ええ」
マリアは強く頷いた。
「日本では、それらが麒麟、竜、鵺といった異形の獣の角として祀られている。ヨーロッパでは、同じような品がユニコーンの角として売られている。名前が違うだけで、同じ交易品かもしれない」
少弐は感心したように髭を撫でた。
「南方から運ばれた珍しい角や牙が、それぞれの土地で最も知られた霊獣の名を与えられた、と」
「そう考えれば説明できます」
ライラは鹿角、牛角、サイ角、象牙の写生を一列に並べた。
「人々が偽物を作ろうとしたとは限りません。正体の分からない異国の品を、自分たちの知る伝説に当てはめたのでしょう」
イネスも続ける。
「最初は『麒麟の角に似た品』『ユニコーンの角かもしれない品』だった。それが売買や献上を繰り返すうちに、『麒麟の角』『ユニコーンの角』と断定されるようになったのかもしれません」
マリアは交易路の略図を描いた。
アフリカからポルトガルへ。
インドから西方と東方へ。
東南アジアから中国、日本へ。
南方で得られた角や牙が、海路と陸路を通じて東西へ広がっていく。
「本来のユニコーンの角が極めて珍しかったからこそ、代用品が必要になったのよ」
マリアは言った。
「王侯や教会、富裕な商人はユニコーンの角を欲しがる。でも本物は手に入らない。そこへ象牙やサイ角、水牛角が大量に入ってくる。効能や由来を添えて売れば、本物に代わる宝になる」
少弐が尋ねる。
「では、ユニコーンそのものが存在しないということですかな」
マリアはすぐには答えなかった。
彼女に代わって、ライラが法隆寺の螺旋状の品を描いた一枚を中央へ置いた。
「いいえ。この仮説で説明できるのは、南方から入ってきた代用品だけです」
その写生に描かれた角は、鹿や牛、サイのものとは違っていた。
象牙やセイウチの牙には似ている。
しかし、表面には自然に生じたような螺旋が刻まれている。
イネスが静かに言う。
「法隆寺で見た品だけは、この分類に入りません」
「それが象牙やセイウチの牙を細工したものなら、南方や西方から来た代用品でしょう」
ライラは螺旋を指でなぞった。
「けれど、このねじれが加工ではなく、もともとの形なら……」
「別の動物の牙ということになる」
マリアは地図の北側へ視線を移した。
今回の調査で、一つの仮説は形を得た。
近年ポルトガルへ流れ込むユニコーンの角の多くは、アフリカやアジアから運ばれた象牙、サイ角、水牛角などではないか。
日本でも同じような南方の珍品が、麒麟や竜、鵺の角として奉納され、崇められている。
それらは、本来きわめて珍しい「真の角」に代わる代用品として、東西それぞれの伝説へ組み込まれたのではないか。
だが、その仮説から外れるものが一つだけ残った。
法隆寺で見た、白く長い螺旋の牙である。
イネスは日誌の最後に、二つの項目を書き記した。
> 第一の仮説。
南方から交易によって運ばれた象牙、犀角、水牛角などが、日本では麒麟・竜・鵺の角、西洋ではユニコーンの角として扱われている。
> 第二の問題。
法隆寺に伝わる螺旋状の品は、既知の南方産の角や牙とは一致しない。その由来は、別の交易路に求める必要がある。
マリアは北へ延びる海を指した。
「南から来た偽りの角については、だいたい説明がついたわ」
その指は日本の北端を越え、さらに地図の外へ向かっていた。
「次は、本物かもしれない角が、どこから来たのかを突き止めましょう」
ライラは微笑み、イネスは新しい頁を開いた。
一行の視線は、初めて南方ではなく、遠い北方へと向けられたのであった。




