角の正体
飛鳥と吉野での調査を終えた一行は、再び興福寺へ戻った。
客殿の一室には、この数か月で集めた写生帳、旅の日誌、寺社から書き写した記録、そして各地で見聞した遺物の寸法帳が所狭しと並べられていた。
イネスは一枚一枚を分類し、角の形や色、質感を書き添えていく。
「まず、日本で『麒麟の角』『竜の角』『鵺の角』と呼ばれているものを分けましょう。」
マリアが日誌を開き、ライラが遺物の写生を並べる。
三人は夜遅くまで議論を重ねた。
やがて、ある傾向が見え始める。
マリアが口を開いた。
「加工された品は、ほとんど正体を推測できるわ。」
イネスも頷く。
「ええ。」
彼女は一枚の一覧を指差した。
「鹿の角を削って作られたと思われるもの。」
「牛や水牛の角を磨いたもの。」
「そして大きなものは、サイの角を利用した可能性があります。」
ライラがさらに付け加える。
「白く滑らかな品は象牙でしょう。加工技術も非常に高い。」
三人はしばらく黙り込んだ。
日本各地に伝わる「霊獣の角」の多くは、実際には身近な動物や交易でもたらされた珍しい素材を加工したものらしい、という結論が見えてきたのである。
しかし——。
イネスは法隆寺で描いた写生帳を静かに開いた。
そこには螺旋状の角杯が精密に描かれていた。
「でも、これは違います。」
部屋が静まり返る。
「鹿でも牛でもありません。」
「サイの角とも質感が違います。」
「象牙とも少し違う……。」
ライラは写生を見つめながら腕を組む。
「ただ、一番近いものを挙げるなら……。」
マリアが続けた。
「象牙か、あるいは北方の海獣の牙。」
イネスは思い浮かべる。
「ポルトガルで見たセイウチの牙……。」
ライラも頷く。
「確かに、色味や表面の質感は近いですね。」
マリアはさらに言葉を続けた。
「ただ、法隆寺のものは螺旋があまりにも規則的なの。」
「象牙もセイウチの牙も、ここまで均一にはねじれません。」
三人は写生帳を囲みながら黙り込む。
少弐も資料を眺めていた。
「つまり、ほとんどの『麒麟の角』は説明がつく。しかし、法隆寺だけが説明できない、と。」
イネスは静かに答えた。
「はい。」
「もし本物があるとすれば、今のところ一番可能性があるのは法隆寺だけです。」
ライラは地図を広げる。
「そして材質だけを見るなら、北方からもたらされた海獣の牙に近い……。」
マリアは旅の日誌に新たな一文を書き加えた。
> 『日本各地に伝わる麒麟・竜・鵺の角の多くは、鹿角、牛角、サイ角、象牙など既知の素材で説明できる。しかし法隆寺の螺旋状の角のみ、そのいずれにも完全には一致しない。最も近い印象を受けるのは象牙、あるいは北海に棲む海獣の牙である。』
その記録を見つめながら、四人は同じ考えに至っていた。
もし答えがあるとすれば、それは奈良や飛鳥ではなく、さらに北方の海や、その向こうの未知の世界に隠されているのかもしれない。




