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旅人を癒す東方の技

飛鳥と吉野での調査を終えた四人は、夕暮れとともに興福寺へ戻った。


寺は静かな鐘の音に包まれ、僧たちは一日の勤めを終えようとしていた。


「少弐殿はお部屋におられます。」


案内された一行が客間へ向かうと、そこでは少弐冬明が横になり、額に汗を浮かべていた。


「大丈夫ですか!」


マリアが駆け寄る。


少弐は苦笑しながら答えた。


「心配はいりません。昔からの古傷でして……。」


その傍らでは、興福寺で療養や施術を行う尼僧・空蝉が静かに腰へ手を当てていた。


「また腰ですか。」


「ええ……しばらく船に乗ったり馬に揺られたりすると、急に痛みが走るのです。」


現代でいう椎間板ヘルニアに近い症状だったが、この時代には病名などない。


空蝉はゆっくりと腰や臀部、背中を指先で押していく。


「ここです。」


「うっ……!」


少弐の肩が跳ねる。


「痛みはここから脚へ下りております。筋が張りすぎています。」


しばらく施術を続けると、少弐の表情は少しずつ和らいでいった。


「……楽になりました。」


マリアは驚いて目を丸くする。


「薬も使わずに?」


空蝉は穏やかに笑う。


「薬だけが医術ではありません。人の身体には巡りがあります。その巡りを整えるのです。」


イネスは興味津々で身を乗り出した。


「ぜひ教えていただけませんか。」


「もちろんです。」


空蝉は三人を呼び寄せた。


「まず力は要りません。骨を押すのではなく、筋を探します。」


彼女は少弐の背中を使って、一つひとつ手の置き方を教えていく。


マリアは力加減が難しく、つい強く押してしまう。


「いたたた……。」


「申し訳ありません!」


皆が笑った。


イネスは指先が器用で位置を覚えるのは早かったが、まだ押す深さに迷いがあった。


一方、ライラが手を添えると、空蝉は小さく頷いた。


「……あなたは武術を学んでいますね。」


ライラは驚く。


「分かるのですか。」


「ええ。身体の重心の使い方を知っています。」


ライラは剣術の稽古で身につけた体重移動を自然に用い、腕力ではなく体全体で静かに圧をかけていた。


少弐が目を開く。


「これは……心地よい。」


空蝉も感心したように微笑む。


「素養があります。力任せではなく、人の身体の動きを理解しています。」


ライラは少し照れくさそうに笑った。


「剣術では、相手の筋肉や関節の動きを読むことが大切です。その感覚と似ています。」


「その通りです。」


空蝉は深く頷いた。


「武術と治療は対極にあるようでいて、どちらも人体を知る学問なのです。」


イネスは熱心に施術の手順を日誌へ書き留め、マリアは少弐の横で何度も練習を繰り返した。


施術を終えた少弐はゆっくりと立ち上がり、腰を回してみせる。


「不思議なものですね。歩けるようになりました。」


空蝉は笑みを浮かべた。


「無理は禁物です。旅はまだ続くのでしょう。」


少弐は三人へ向き直る。


「皆さん、本日はありがとうございました。西洋の医術と東方の技が交われば、きっと人を救う新しい知恵が生まれるのでしょう。」


イネスは深く頷き、その日の最後の頁にこう記した。


> 『東方には薬だけではない医術がある。武術と同じく、人の身体を知ることから始まる技である。』




その夜、興福寺には静かな秋風が吹き抜け、旅人たちは新たな知識を胸に、次の旅路への支度を整えていった。

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