怪物の足跡
飛鳥と吉野での調査は、奈良よりもさらに古い伝承を求める旅となった。
飛鳥の古寺では、麒麟や竜を描いた古い絵図や仏画、経典の余白に描かれた霊獣の姿をいくつも見ることができた。しかし、それらはすべて想像上の姿であり、法隆寺で見たような「麒麟の角」と伝わる実物は見つからなかった。
イネスは写生帳を閉じながら言う。
「絵はたくさんあります。でも、実物として伝わっているものは法隆寺の角杯だけですね。」
マリアも頷く。
「伝承は豊富でも、物証は少ない……。」
一方、吉野では山伏や古老たちから数多くの昔話を聞くことになる。
「この山には昔、竜が住んでいた。」
「英雄が竜を討ち、その角を寺へ奉納した。」
「八つの頭を持つ大蛇を神が退治した。」
そんな話は土地ごとに少しずつ姿を変えながら語り継がれていた。
さらに山中の古い社では、一行は「鵺の角」と伝わる品を見せてもらう。
黒褐色に変色した一本の角で、先端は折れて短くなっている。
ライラは慎重に観察する。
「これは牛や鹿の角とは少し違いますね……。」
住職は静かに微笑んだ。
「本当に鵺の角かどうかは分かりませぬ。しかし、代々『鵺討伐の証』として伝えられております。」
イネスは細部まで丁寧に写生し、長さや太さを記録する。
「少なくとも、法隆寺の螺旋状の角とは別系統です。」
マリアは旅の日誌に書き留めた。
> 「飛鳥と吉野では麒麟や竜の絵図、竜退治やヤマタノオロチの伝説は数多く見つかった。しかし、実物として確かな遺物は法隆寺の麒麟の角杯のみである。一方、『鵺の角』『竜の角』と伝わる品は各地に残されており、その正体は判然としない。」
その夜、興福寺へ戻った四人は集めた資料を机いっぱいに並べる。
ライラは静かに言った。
「面白いですね。日本では麒麟も竜も鵺も、姿は違っても『角』だけは各地に残っている。」
イネスが続ける。
「そして螺旋状の角は、今のところ法隆寺で見たものだけ……。」
マリアは地図を広げながら結論づけた。
「伝説は十分集まった。けれど、本当に追うべきなのは伝説ではなく、『角そのもの』なのかもしれない。」
四人は、これまで描き集めた麒麟、竜、鵺の絵図を見比べながら、次の手掛かりは奈良ではなく、さらに遠い土地にあるのではないかと考え始めるのだった。




