飛鳥への誘い
夕刻、四人は興福寺の一室に集まり、この数週間で集めた日誌や地図、麒麟の角杯の写生、寺宝のデッサンを机いっぱいに広げて整理していた。
イネスは一枚一枚の絵に注釈を書き加え、材質や大きさ、色合いを丁寧に記録する。
「これは法隆寺の角杯。こちらは印章。どちらも『麒麟の角』と伝わっていますが、加工されているため、本来の形は分かりません。」
マリアは旅の日誌をまとめながら頷く。
「しかし、各地に『麒麟の角』と伝わる宝物が残っている事実は大きいわ。何か共通する由来があるはず。」
ライラは剣を脇に置き、地図を見つめる。
「問題は、どこへ行けば加工されていないものが見つかるかだ。」
その時、静かに障子が開き、興福寺の住職が姿を見せた。
「皆様、熱心に調べておられますな。」
四人は立ち上がり一礼する。
住職は机に並ぶ写生を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「法隆寺や興福寺は古い寺ではあります。しかし、それでも奈良の都が築かれて以後のものです。」
マリアが興味深そうに尋ねる。
「それより古い場所がある、と?」
住職は頷いた。
「ええ。もし本当に古い伝承や、まだ加工されていないような品を探しておられるのでしたら……飛鳥や吉野を訪ねられるのがよろしいでしょう。」
「飛鳥……。」
イネスが地図に印を付ける。
住職は続けた。
「飛鳥は都が置かれる以前から多くの豪族が栄え、古い寺々もございます。興福寺の前身も飛鳥にあった寺に由来しております。奈良へ移される以前の文化や伝承が残っている可能性があります。」
「そして吉野。」
住職の声は少し低くなる。
「あの山々には古くから山岳信仰が息づき、修験者や猟師たちが代々語り継いできた話があります。寺の記録には残らなくとも、土地の者だけが知る霊獣や珍獣の言い伝えがあるかもしれません。」
ライラは微笑んだ。
「寺だけではなく、山そのものを調べろということですね。」
「その通りです。」
住職は穏やかに笑う。
「都では書物を探し、山では人々の記憶を探す。学問とは、その両方を集めることです。」
マリアは仲間たちを見渡した。
「奈良での調査は十分成果があったわ。次は飛鳥、そして吉野。」
イネスは新しい頁を開き、大きく見出しを書いた。
『飛鳥・吉野調査計画』
その文字を見つめながら四人は静かに頷いた。
奈良では「加工された麒麟の角」は数多く見つかった。しかし次の旅では、まだ誰の手も加えられていない、伝説の源流そのものを探すことになるのだった。




