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興福寺の夜

京都での調査を終えた四人は、木津川沿いを南へ進み奈良へ入った。


少弐冬明は、佐野昌綱と交流の深い興福寺に話を通しており、一行は僧房の一角を借りることになった。


僧たちは佐野の名を聞くと快く迎え入れ、


「佐野殿には寺の修復や兵乱の折に助けていただきました。」


と礼を述べた。


ライラは静かに頭を下げる。


「お世話になります。」



---


奈良は京都とは様子が違っていた。


北は都に近く、古寺や社寺、古い豪族の屋敷が点在する。


しかし南へ向かえば向かうほど山が深くなり、吉野や大峰へ続く険しい道が続く。


山伏や修験者が歩く世界であり、伝説も数多く残されている。


そのため調査は京都以上に時間がかかった。


昼は寺社や宝物庫を巡り、夜になると興福寺へ戻って情報を整理する日々が続いた。



---


ある夜。


興福寺の灯火の下で、四人は囲炉裏を囲んでいた。


その日は珍しく調査を早めに切り上げ、これまで集めた情報を整理することになった。


マリアは羊皮紙を広げる。


「ライラ、あなたは摂津で佐野さんたちと剣術の修行をしていたでしょう?」


ライラは頷く。


「ええ。京都へ来る前はほとんど摂津にいました。」


「だから京都で起きたことは知っていても、こちらの調査は聞いていません。」


「まとめて聞かせて。」


マリアは微笑んだ。


「分かったわ。」



---


「まず、麒麟について。」


「摂津で聞けた話は京都と大きく変わらない。」


「麒麟は瑞獣。」


「聖人や名君が現れる時だけ姿を見せる。」


「人を襲わない。」


「草も不用意には踏まない。」


「そういう話が多かった。」


ライラは頷きながら聞いている。



---


「でも興味深かったのはそこじゃない。」


「摂津には麒麟そのものより、『正体の分からない生き物』の話がずっと多かったの。」


イネスが書き留める。


「例えば?」



---


マリアは指を折る。


「まず鬼。」


「山に住み、人をさらうという話。」


「ただし土地によって姿が違う。」



---


「次に天狗。」


「山伏のような姿で剣術を教えるとも、人を惑わすとも言われる。」


ライラが思わず笑った。


「剣術を教える妖怪?」


少弐も笑う。


「この国では案外本気で信じられております。」



---


「河童。」


「川に棲み、人を水へ引き込む。」


「地域によって亀だったり猿だったり子供だったり。」



---


「鵺。」


ここでライラが顔を上げた。


「鵺?」


マリアは頷く。


「一番面白かった。」


「猿の顔。」


「虎の手足。」


「狸の胴。」


「蛇の尾。」


「そして夜に鳴く。」


イネスは驚いた。


「全部別々の動物じゃない。」


「そう。」


マリアは笑う。


「つまり"合成された怪物"なの。」



---


ライラは腕を組む。


「西洋のグリフォンやキマイラに似ている。」


「獅子と鷲を合わせたり、山羊と蛇を合わせたり。」



---


「その通り。」


マリアは頷いた。


「だから私は思ったの。」


「人は見たことのないものを説明する時、知っている動物を組み合わせる。」



---


少弐が静かに付け加えた。


「麒麟も同じかもしれませぬ。」


「鹿にも見える。」


「龍にも見える。」


「牛にも馬にも見える。」


「だから皆が少しずつ付け足した。」



---


ライラはしばらく黙って考えていた。


やがて口を開く。


「すると麒麟も、鵺のように想像だけで作られた可能性がある?」


マリアは首を横に振る。


「そこが違う。」


「鵺は最初から怪物として語られる。」


「でも麒麟やユニコーンは、実際の角が宝物として残っているという話が各地にある。」


「つまり、生き物そのものは誇張されても、『角』だけは何か実物があった可能性がある。」



---


イネスは日誌に一文を書き加えた。


> 『摂津で得た結論。日本には多くの合成獣伝説が存在する。しかし麒麟とユニコーンだけは、伝説だけでなく"角"という実物を伴う点で他と異なる。』




囲炉裏の火が静かに揺れる。


ライラはその文字を見つめながら、小さく呟いた。


「なら私たちが探すべきものは、やっぱり絵でも怪物でもない。」


「一本の角。」


少弐は奈良の古寺が描かれた地図を広げた。


「興福寺だけではありません。法隆寺、東大寺、そして古くから伝わる寺々には、まだ見ぬ宝物が眠っています。」


四人は頷き合った。


奈良での調査はまだ始まったばかりだった。彼らの関心は、伝説の姿ではなく、「実物の角」へとますます絞られていくのだった。

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