新年の都 ― 先を読む人
年が改まった。
新春の祝いを終えると、マリア、ライラ、イネスの三人は、いよいよ京都での本格的な調査へ向かうこととなった。
麒麟の伝承。
古寺の縁起。
絵巻や古写本。
そして日本最古の都に残る、数々の信仰。
その第一歩である。
朝早く伊丹城の表門へ向かうと、一台の牛車が静かに待っていた。
傍らには吉田兄弟の弟が控えている。
「皆様をお迎えに参りました。」
マリアは驚いた。
「迎え……?」
吉田は笑顔で頷く。
「佐野様より承っております。」
「年の暮れに、改めて申し付けられました。」
「京都までの道中は牛車をご用意し、寺社への案内もできる限り手伝うように、と。」
ライラは思わず少弐を見る。
「これも……?」
少弐は苦笑した。
「おそらく。」
吉田は続ける。
「宿坊への紹介状も、寺社ごとにまとめてございます。」
「途中で何かございましたら、各寺の僧へお申し付けください。」
イネスは旅日記を抱えたまま、小さく息をついた。
「私たち、お願いした以上のことばかりしていただいているわね。」
マリアも静かに頷く。
「しかも、そのどれもが当たり前のように済まされている。」
吉田は首を横に振る。
「佐野様は、人を待たせることをあまり好まれません。」
「客人が困る前に整えておく。」
「ただ、それだけのことと申されます。」
ライラは静かに牛車へ乗り込みながら、年末の総稽古を思い出していた。
あの流水のような剣。
そして、居合へ移る一瞬の動き。
相手が動くより先に、その先を見ていたような剣。
ふと、小さく呟く。
「……同じなんだ。」
マリアが尋ねる。
「何が?」
ライラは少し笑った。
「佐野様の剣。」
「相手より先に動くんじゃない。」
「相手が困る前に、そこへいる。」
「今日のことも同じ。」
彼女は静かに牛車の中を見渡した。
旅に必要な荷はきちんと積まれ、
道中の案内も手配され、
寺社への書状も整えられている。
誰かが困ってから助けるのではない。
困ることを先に取り除いてしまう。
ライラは膝の上で手を組み、ぽつりと呟いた。
「剣も、人への心配りも……。」
「佐野様は、いつも人の一歩先を読んでいるのね。」
少弐はその言葉を聞くと、穏やかに微笑んだ。
「そうかもしれません。」
「だからこそ、多くの者が安心して背中を預けられるのでしょう。」
牛車はゆっくりと伊丹城を後にする。
冬の澄んだ空気の中、都へ続く街道には朝日が差し始めていた。
マリアは古都で待つ文献に胸を躍らせ、
イネスは新しい風景を描く準備をし、
ライラは、剣とは技だけではなく、人との向き合い方にも現れるのだと、静かに胸へ刻んでいた。




