坂東を築く者たち
五月初旬。
新緑が霞ヶ浦を彩る頃、土浦城では重臣を集めた評定が開かれていた。
氏治は広げられた坂東の地図を静かに見渡し、口を開く。
「佐竹は必ず再び南下する。」
「だが、我らはただ待つだけではない。」
氏治は恋瀬川へ指を置いた。
「恋瀬川橋城の工事をさらに進める。」
宍戸政繁が姿勢を正す。
「橋城だけを築いて終わりではない。」
氏治の指は橋城の上流、そして下流へと移る。
「橋城の上下に関を設けよ。」
「さらに堰とため池を築き、水門と連携して恋瀬川そのものを管理する。」
評定の間が静まり返る。
「敵が来れば渡河を妨げ、平時には洪水を防ぎ、水を田畑へ送る。」
「恋瀬川そのものを、一つの要塞とするのだ。」
宍戸は深く頭を下げた。
「必ず成し遂げます。」
氏治は続いて、水戸から土浦へ延びる街道を示した。
「水戸より恋瀬川橋城を経て土浦へ至る街道を拡張する。」
「道幅を広げ、橋を補強し、ぬかるみを改める。」
「兵も荷駄も商人も、安全かつ速やかに往来できる道とせよ。」
鹿島政道がうなずく。
「鹿島から霞ヶ浦を船で土浦へ、土浦から水戸へ街道で結ぶ。陸路と水路が一つになりますな。」
「それが狙いだ。」
氏治は微笑んだ。
「戦のためだけではない。坂東を豊かにするための道でもある。」
続いて氏治は、土浦城の東に広がる丘陵を指し示した。
「次に、霞浦兵学館について命ずる。」
宍戸が地図を差し出す。
「霞ヶ浦に面した我が領地を兵学館用地として献上いたします。」
そこは丘陵、平地、そして湖岸を備えた広大な土地であった。
「ここに学舎、寮、水練場、船着場、攻城演習場、野戦陣地を整備する。」
モンケも頷く。
「地形を生かせば、あらゆる戦の訓練ができます。」
しかし氏治は首を横に振った。
「完成を待つ必要はない。」
家臣たちが顔を上げる。
「本年九月、霞浦兵学館を開校する。」
「当面は土浦城を仮校舎とし、講義は城内で行う。」
「造成の進んだ演習場から順に使用を開始する。」
治彦が学制を書いた巻物を広げた。
「修業年限は五年。」
「一、二年は教養課程。」
「読み書き、算術、歴史、兵法、軍律、法、農政、商業など、国を支える基礎を学ぶ。」
「三年より専門課程。」
「士官課程と奉行課程に分かれる。」
氏治は一枚の設計図を掲げた。
それは兵学館ではなく、一つの巨大な演習場の図面だった。
「だが、一つだけ全員に共通して学ぶものがある。」
「築城だ。」
その一言に、評定の空気が引き締まる。
「城は武将だけが知ればよいものではない。」
「奉行も、兵も、土を知り、水を知り、縄張りを知らねばならぬ。」
「ゆえに築城は五年間を通じて学ばせる。」
氏治はさらに続けた。
「演習場の造成も授業の一環とする。」
「測量し、縄を張り、土を盛り、空堀を掘り、柵を立てる。」
「己が築いた陣地で演習し、終われば壊し、また築く。」
モンケは感嘆した。
「毎年、違う城、違う陣地になりますな。」
「それでよい。」
氏治は力強くうなずく。
「同じ戦場は二度とない。」
「ならば学ぶ場も、常に変わり続けるべきだ。」
治彦も思わず笑みを浮かべた。
完成した城を見るだけでは築城は身につかない。
自ら築き、自ら守り、自ら攻める。
その繰り返しこそが真の兵学となる。
こうして五月、小田領では三つの大事業が同時に動き始めた。
恋瀬川橋城を中心とした恋瀬川全体の治水と要塞化。
水戸と土浦を結ぶ街道の拡張。
そして、九月開校を目指す霞浦兵学館の創設。
坂東は戦に備えながら、百年先を見据えた人づくりを始めようとしていたのである。




