勝者の評定
恋瀬川の戦から数日後――。
小田城には、久しく聞かれなかった穏やかな空気が流れていた。
戦へ赴いた兵たちは家族と再会し、城下では戦勝を祝う市が立つ。
しかし天守の評定の間だけは、張り詰めた空気に包まれていた。
上座には小田氏治。
その前には、俵藤太伝来の蜈蚣切りが静かに置かれている。
左右には宇都宮尚綱、真壁幹久、大掾幹家、宍戸政繁、鹿島政道、そして江戸頼家ら坂東の重臣が並んだ。
氏治は諸将を見渡し、静かに口を開く。
「恋瀬川の勝利、ご苦労であった。」
「皆の働きによって、佐竹を水戸以北へ押し返すことができた。」
「まずは礼を言う。」
諸将は一斉に頭を下げた。
だが氏治はすぐに表情を引き締める。
「されど、勝って終わりではない。」
「勝った後こそ、国を強くせねばならぬ。」
評定の間は静まり返る。
氏治はゆっくりと立ち上がった。
「まずは論功行賞を申し渡す。」
最初に呼ばれたのは江戸頼家だった。
「江戸頼家、前へ。」
頼家は進み出て膝をつく。
氏治は静かに語りかけた。
「恋瀬川において、そなたは義を貫いた。」
「その功は、水戸一城では量れぬ。」
氏治は蜈蚣切りを手に取り、厳かに告げる。
「今日より江戸の名を改め、水戸を家名とせよ。」
評定の間にどよめきが走る。
氏治はさらに続けた。
「そして、この『治』の一字を授ける。」
「以後は水戸頼治と名乗るがよい。」
頼家は深く額を畳へつけた。
「身に余る光栄にございます。」
「さらに命ずる。」
「頼治には、軍略と軍配の補佐を任せる。」
「戦となれば策を献じ、諸将の意見をまとめ、私を補けよ。」
「だが、軍配を最後に振るうのは総大将たる私である。」
「頼治は諮問役として、常に私の傍らにあれ。」
頼治は力強く答えた。
「この知の限り、お支え申し上げます。」
氏治は続いて鹿島政道を見た。
「鹿島。」
「はっ。」
「見聞方は今までどおり私の直属とする。」
「敵情、兵站、水路、街道、調略、伝令――そのすべてを直接私へ報告せよ。」
「頼治は策を立てる。」
「お前は事実を集める。」
「互いに助け合え。」
「承知いたしました。」
続いて氏治は宇都宮尚綱を見た。
「宇都宮尚綱。」
「恋瀬川での先陣、見事であった。」
「その武功により、所領を加増する。」
宇都宮は豪快に笑う。
「ありがたき幸せ!」
「真壁幹久。」
「橋城を守り抜き、敵陣へ真っ先に斬り込んだ。」
「その忠勇に報い、所領を加増する。」
「はっ!」
さらに氏治は結城家の使者へ目を向けた。
「結城家も援軍として大いに功があった。」
「当主へ加増を伝えよ。」
使者は深く一礼した。
「必ずや。」
最後に氏治は宍戸政繁を呼んだ。
「宍戸政繁。」
宍戸は静かに前へ進み出る。
氏治は恋瀬川橋城の図面を広げた。
「今回の勝利は、武勇だけで得たものではない。」
「敵を橋へ誘い、本陣を撃ち抜く戦ができたのは、恋瀬川橋城があったからだ。」
「その築城を指揮した功は、誰よりも大きい。」
評定の間の諸将も深くうなずく。
誰一人として異論はなかった。
氏治は力強く告げる。
「よって宍戸政繁には、諸将の中でも特に厚く所領を加増する。」
その言葉を聞いた瞬間、宍戸の肩が震えた。
若い頃から武芸では評価されなかった。
宇都宮ほどの武勇もない。
真壁ほどの豪胆さもない。
陰では「土ばかり相手にしている男」と囁かれたこともある。
それでも黙々と堀を掘り、橋を架け、土塁を築き続けてきた。
その積み重ねを、主君は見ていてくれた。
涙が一筋、畳へ落ちる。
「……ありがたき、幸せにございます。」
氏治は穏やかに言った。
「武勇だけが武功ではない。」
「城を築き、兵を生かし、国を守ることもまた武功だ。」
「恋瀬川橋城の工事は引き続きそなたが指揮せよ。」
「兵糧蔵、武器蔵、船着き場、荷蔵を整え、小田と水戸を結ぶ街道を築く。」
「橋城を、坂東北方最大の要へ育てよ。」
宍戸は涙を拭い、深く頭を下げた。
「この命に代えましても、必ずや。」
氏治は最後に蜈蚣切りを手に取り、諸将を見渡した。
「戦には勝った。」
「これからは国を築く。」
「恋瀬川橋城を完成させ、小田と水戸を街道と川で結ぶ。」
「坂東はここから、さらに強くなる。」
その言葉に、評定の間へ力強い声が響いた。
「ははっ!」
こうして小田城での評定は終わりを迎えた。
恋瀬川の勝利は終着点ではない。
坂東を一つの国へ育てる、新たな始まりとなったのである。




