剣友会 ― 学びの場
数日後。
伊丹城下の道場には、月に一度開かれる剣友会の定例稽古会が始まろうとしていた。
ここは勝敗を競う場ではない。
流派や身分を越え、互いに技を磨き、語り合うための集まりである。
道場の中央には、年老いてなお鋭い眼光を宿す一人の剣豪が静かに座していた。
上泉伊勢守。
誰もが自然と姿勢を正す。
やがて各地の剣士たちが集まり始める。
柳生宗厳。
吉田兄弟。
そのほか摂津や大和から訪れた門弟たち。
佐野昌綱も姿を見せると、皆が気軽に声を掛けた。
「佐野殿、お久しぶりです。」
「この前の兵法の話は面白かった。」
「今度はぜひ続きを。」
佐野も肩の力を抜き、笑顔で応じる。
「吉田殿、その新しい木刀は使い心地はいかがです。」
「柳生殿、この間お借りした巻物、大変勉強になりました。」
城で見せる大名としての姿ではない。
ここでは皆、一人の剣を学ぶ者として語り合っている。
笑い声が絶えず、互いの近況を報告し合うその様子は、まるで旧友たちの集まりであった。
マリアは小声で呟く。
「戦う人たちなのに、とても穏やかね。」
少弐も微笑む。
「だからこそ続いているのでしょう。」
「ここでは勝ち負けより、学ぶことが大切なのです。」
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その頃。
ライラは道場の隅で少し緊張していた。
少弐が前もって根回しをしていたおかげで、彼女のために稽古着と木刀が用意されていたのである。
「こちらへ。」
声を掛けたのは柳生宗厳だった。
「まずは日の本の作法から学びましょう。」
ライラは深く一礼する。
「よろしくお願いいたします。」
柳生は頷く。
「剣を持つ前に礼を学ぶ。」
「礼があって初めて剣となります。」
そう言って木刀の持ち方から教え始めた。
「構える前に一礼。」
「始める前にも一礼。」
「終わっても一礼。」
ライラは一つ一つ丁寧に真似をする。
柳生は満足そうに頷いた。
「上手です。」
「剣の経験がおありですね。」
「はい。」
「ですが、日本の作法は初めてです。」
「ならば焦る必要はありません。」
柳生は笑った。
「今日の目的は勝つことではありません。」
「学ぶことです。」
その言葉にライラは自然と肩の力が抜けた。
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道場では、それぞれが思い思いに稽古を始めている。
佐野は若い門弟へ静かに助言を送り、
吉田兄弟は互いに技を試し合い、
上泉伊勢守は時折一言だけ言葉を添える。
その一言だけで弟子たちの動きが見違えるように変わる。
マリアはその光景を見ながら感心した。
「誰も怒鳴らない。」
「皆、静かに教えている。」
イネスはその様子を夢中で写生していた。
「戦いの稽古なのに、不思議と穏やかな空気ね。」
少弐は静かに頷く。
「ここは、人を倒す技だけを学ぶ場所ではありません。」
「己を律することもまた、剣の修行なのです。」
ライラは柳生から足運びを教わりながら、その言葉の意味を少しずつ理解し始めていた。
剣は見せるためではない。
競うためだけでもない。
礼に始まり、礼に終わる。
その教えは、異国から来た剣士にとっても、新鮮で深い学びとなっていた。




