伊丹城 ― 剣とは何か
佐野昌綱との挨拶も一段落し、客間には穏やかな空気が流れていた。
ライラはしばらく迷っていたが、意を決したように口を開く。
「佐野様。」
「一つお願いがあります。」
佐野は静かに視線を向ける。
「何でしょう。」
ライラはまっすぐ答えた。
「少弐様から、あなたは日の本でも指折りの剣士だと伺いました。」
「もし差し支えなければ、一太刀だけでも構いません。」
「剣を拝見させていただけませんか。」
部屋は静まり返った。
少弐は黙って成り行きを見守る。
佐野はしばらくライラを見つめると、穏やかな声で答えた。
「申し訳ありません。」
「その願いは、お受けできません。」
ライラは少し驚いた。
「……どうしてですか。」
佐野はゆっくりと言葉を選ぶ。
「剣は、人を傷つけ、時には命を奪うためのものです。」
「見世物として振るうものではありません。」
その声は決して厳しくはない。
だが、静かな言葉の一つひとつには重みがあった。
「どうか、そのことだけは覚えておいてください。」
ライラは返す言葉を失う。
彼女も剣士である。
だからこそ、その言葉が単なる断り文句ではないことが分かった。
佐野は続けた。
「戦場で抜くことがなければ、それが一番良い剣です。」
「私は、そう教えられてまいりました。」
部屋には静かな沈黙が流れる。
やがてライラは小さく頭を下げた。
「……失礼いたしました。」
「私の考えが足りませんでした。」
佐野は柔らかく微笑んだ。
「お気になさらず。」
「異国から来られれば、興味を持たれるのも当然でしょう。」
「まずは長旅の疲れを癒やしてください。」
「有馬温泉でも、伊丹城でも、ごゆっくりお過ごしください。」
そう言うと、佐野は静かに席を立った。
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部屋を出たあとも、ライラはどこか肩を落としていた。
「見てみたかったな……。」
その呟きに、少弐は苦笑する。
「実は。」
「近いうちに、剣友会の定例稽古があります。」
ライラが顔を上げた。
「本当?」
少弐は小さく頷く。
「佐野様も、よほどの公務がない限り参加されます。」
「試合ではありません。」
「稽古です。」
「ですが、そこでなら佐野様の剣をご覧になれるでしょう。」
ライラの表情がぱっと明るくなる。
「それなら十分よ。」
「ありがとう、少弐様。」
少弐は人差し指を口元に当て、静かに笑った。
「ただし。」
「佐野様には内緒です。」
「私が話したと知られたら、きっと叱られますので。」
三人は思わず笑った。
マリアは窓の外に目を向ける。
「剣を見せない理由まで含めて、少弐様が尊敬する理由が少し分かった気がするわ。」
イネスも旅日記を開き、静かに書き添えた。
> 『真に優れた剣士は、自らの剣を誇らない。剣を見せることではなく、剣を抜かずに済むことを尊ぶ。その言葉は、どんな演武よりも深く心に残った。』
ライラはその一文を読み、静かに頷いた。
「だからこそ、ますますその剣を見てみたくなるのね。」
その願いは、数日後に開かれる剣友会の稽古まで、胸の内にしまっておくことにした。




