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伊丹城 ― 静かな厚遇

十月初め。


堺を発った一行は、秋晴れの街道を北へ進み、摂津・伊丹城へ到着した。


城門では佐野昌綱自らが一行を迎えた。


「遠路、ようこそ。」


少弐冬明も馬を降り、深く一礼する。


「ご無沙汰しております。」


佐野は笑みを浮かべた。


「少弐殿からの文は、すでに届いております。」


「大和や山城の寺社を見学し、麒麟や古い伝承について調べたいとのこと。」


マリアたちは顔を見合わせた。


「もうご存じだったのですね。」


「ええ。」


佐野は頷く。


「そのため、すでに細川家や松永久秀殿、そして大和の筒井順慶殿にも書状を送りました。」


「皆様が寺社を訪ねられる際、不審者と思われぬよう紹介状を用意しております。」


そう言うと、一通ずつ丁寧に封をした書状を机へ並べた。


「この書状を見せれば、各地の宿坊へ泊めてもらえるでしょう。」


「また、寺宝や古文書の閲覧なども、できる限り便宜を図っていただけるはずです。」


ライラは思わず目を丸くした。


「そこまで……。」


佐野は穏やかに続ける。


「皆様は氏治殿の大切なお客様です。」


「私にできることは、先に済ませておくだけです。」


さらに佐野は地図を広げた。


「もう一つ。」


「伊丹城は城でございますので、客人を長くお迎えするには少々手狭です。」


「そこで――」


彼は有馬方面を指差した。


「有馬温泉に佐野家がいつも利用している宿があります。」


「話は通してありますので、ご自由にお使いください。」


「湯治をしながら京都や奈良へ通われても構いません。」


イネスが思わず尋ねる。


「私たちだけで?」


「もちろんです。」


「宿代も気になさらず。」


「佐野家でお預かりしております。」


三人は言葉を失った。


しかし佐野は、それが特別なことだという様子もなく続ける。


「もっとも。」


「伊丹城にも客間はございます。」


「もし城へ滞在したい日がありましたら、遠慮なく申し出てください。」


「部屋をご用意いたします。」


それだけ言うと、佐野はまるで日常の用事を済ませたかのように茶を口へ運んだ。


静かな口調。


大げさな恩着せがましさはまったくない。


しかし三人はようやく、その意味の大きさに気付き始めていた。


細川家への紹介。


松永への連絡。


順慶への書状。


寺社への便宜。


宿坊の手配。


有馬温泉の定宿。


伊丹城の客間。


すべてが到着前に整えられていたのである。


ライラは少弐へ小声で囁く。


「……日本の武士って、みんなこんなに親切なの?」


少弐は苦笑した。


「いいえ。」


「佐野様が特別なのです。」


マリアも静かに頷く。


「お願いした以上のことが、もう全部終わっている。」


イネスは旅日記へそっと書き加えた。


> 『佐野昌綱。語るより先に道を整える人。歓迎とは言葉ではなく、客が困らぬよう先回りして準備することなのだと、日本で教えられた。』




秋風が伊丹城の庭を吹き抜ける。


三人はまだ知らなかった。


これから始まる京都・奈良での調査が、こうした静かな心遣いによって支えられていることを。

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