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白き獣の考察

庄兵衛翁の話を聞いたその日の夕刻。


マリアたちは水軍士官学校の一室で、大掾義康と少弐冬明へ老人から聞いた話を伝えていた。


机の上にはイネスが描いた白い巨鯨の想像図と、旅の記録帳が広げられている。


マリアは静かに切り出した。


「昨日、お話しした庄兵衛翁ですが……。」


「若い頃、真っ白で巨大な鯨を見たと言うのです。」


「しかも牙のようなものがあり、船へ体当たりをしてきた、と。」


義康は腕を組み、しばらく考え込んだ。


しかし、すぐに肩をすくめる。


「申し訳ありません。」


「私にはさっぱり分かりません。」


「私は船を造ることは好きですが、生き物はまるで門外漢でして。」


その率直な返事に一同は笑う。


義康も苦笑した。


「船なら一日中語れますが、鯨となるとお手上げです。」


少弐は記録帳へ目を落としながら静かに言う。


「しかし……。」


「白い動物という話なら、日本にも昔からあります。」


マリアが顔を上げた。


「あるのですか。」


「ええ。」


「白鹿。」


「白蛇。」


「白狐。」


「神の使いとして語られることが少なくありません。」


少弐は少し考え込む。


「私も奈良へ赴いた者から、白い鹿がいるという噂を聞いたことがあります。」


「実際に見たわけではありませんが。」


ライラが頷く。


「アフリカでも似た話があります。」


皆の視線がライラへ集まる。


「私の故郷に近い土地では、時折、とても肌や髪の白い子どもが生まれることがあります。」


「人々はそれを神の祝福、あるいは神の子として畏れ敬うことがあるそうです。」


イネスは驚いた。


「人にも?」


「ええ。」


ライラは頷く。


「だから私は、動物にも白い個体が生まれることは不思議ではないと思います。」


少弐も静かに続ける。


「鹿が白くなる。」


「蛇が白くなる。」


「狐も白くなる。」


「ならば、鯨が白く生まれることもあり得るのではないでしょうか。」


マリアは深く頷いた。


「それは私も同じ考えです。」


彼女は羽根ペンを取り、新しい頁を開く。


> 考察




> 日本には白鹿・白蛇など、通常とは異なる白い動物の伝承が各地に存在する。




> また、異国でも同様の話が伝わる。




> これらは神話である場合も多いが、その背景には、まれに白く生まれる個体が実在する可能性も考えられる。




イネスが横から付け加える。


「つまり、白い鯨そのものは否定しないのね。」


「ええ。」


マリアは答えた。


「白い鯨は十分にあり得る。」


「ただし……。」


彼女は筆を止める。


「牙については別問題です。」


「現時点では確かな証拠がありません。」


ライラは笑みを浮かべた。


「だから面白いのよ。」


「証拠がないから、探しに行く価値がある。」


義康はその言葉に笑った。


「なるほど。」


「冒険家らしい考え方ですね。」


マリアも微笑む。


「博物学者は、見たものだけを記録します。」


「でも、伝承まで捨てることはしません。」


「伝承の中に、本当の生き物が隠れていることもありますから。」


窓の外では、秋風が建設途中の船渠を吹き抜けていた。


白い巨鯨。


北海のユニコーン。


白鹿や白蛇の伝承。


それらはまだ一本の線にはつながらない。


しかし、マリアの記録帳には一つの言葉が静かに書き加えられた。


> 『自然は時として、白き命を生む。その理由は分からない。しかし、それを神話として片付けるには、世界はまだあまりにも広い。』

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