道後の湯宿 ― 湯の作法
道後温泉の見学を終えた一行は、那須の案内で湯宿へと通された。
障子を開けると、三人は思わず息を呑む。
部屋の奥には檜造りの小さな湯殿があり、湯気の向こうには色づき始めた庭が広がっている。
庭石や松の木、その向こうの山並みが湯船から眺められるよう工夫されていた。
「なんて綺麗……。」
イネスが思わず声を漏らす。
マリアも窓辺へ歩み寄る。
「外の景色を取り込む造りなのね。」
那須は穏やかに頷いた。
「借景と申します。」
「庭だけでなく、遠くの山や空まで景色の一部として楽しむ、日本の庭づくりの考え方です。」
三人は感心した様子で部屋を見回した。
那須は少弐へ目を向ける。
「それでは私は城へ戻ります。」
「皆様はどうぞ気兼ねなくお休みください。」
そう言い残すと、那須は静かに宿を後にした。
部屋には少弐とマリア、ライラ、イネスだけが残る。
しばらく静かな時間が流れた。
すると、ライラが少し照れたように少弐へ向き直る。
「少弐様。」
「一つお願いがあります。」
「何でしょう。」
「さっき湯治場を見ていて、とても興味が湧いたの。」
「日本のお風呂の入り方や礼儀作法を教えていただけませんか。」
少弐は目を丸くした。
「……私がですか。」
「はい。」
ライラは真剣な表情で頷く。
「私は各地の宗教や文化を学ぶのが好きです。」
「お風呂も、この国の大切な文化なのでしょう?」
「せっかくなら、正しい作法を知っておきたいんです。」
少弐は困ったように笑う。
「それは宿の者へ頼んだ方が……。」
「お願いします。」
ライラは頭を下げる。
イネスも笑いながら加勢した。
「私も知りたいわ。」
「旅日記にも書きたいし。」
マリアも微笑む。
「船長として命じます。」
「少弐先生、お願いします。」
「船長まで……。」
少弐は額に手を当て、大きくため息をついた。
「分かりました。」
「ですが、大したことではありませんよ。」
三人は嬉しそうに頷く。
少弐は部屋の湯殿を指しながら説明を始めた。
「まず、日本では湯船は体を洗う場所ではありません。」
「先に体を洗い、汚れを落としてから湯へ入ります。」
イネスはすぐに旅日記へ書き留める。
「なるほど。」
「湯を清く保つためなのね。」
「ええ。」
少弐は頷く。
「湯から上がる時も、大きく湯をかき回したり、水を飛ばしたりしないよう心掛けます。」
ライラは興味深そうに聞いている。
「つまり、自分だけではなく、次に入る人のことも考えるのね。」
「その通りです。」
「皆で使うものだからこそ、お互いに気持ちよく使えるようにする。それが作法です。」
マリアは静かに微笑んだ。
「それは船の生活にも似ています。」
「限られた水や道具を皆で大切に使うのと同じね。」
少弐も笑顔になる。
「まさに、そのようなものです。」
ライラは満足そうに頷いた。
「ありがとう、少弐先生。」
少弐は苦笑した。
「先生というほどではありません。」
部屋には穏やかな笑い声が広がる。
異国の旅人たちは、また一つ、日本という国の文化を知ることができたのであった。




