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道後の湯 ― 家族という風景

松山城で旅の報告を終えた翌日。


那須資忠は少弐冬明とマリアたち三人を道後温泉へ案内した。


「長旅の疲れを癒やしてください。」


「ここは伊予でも自慢の湯です。」


湯煙が立ち上る温泉街は、朝から多くの湯治客で賑わっていた。


湯宿の軒先では薬草が干され、茶店では旅人たちが湯上がりの一服を楽しんでいる。


イネスは興味深そうに辺りを見回した。


「温泉を中心に町ができているなんて……。」


船医である彼女にとって、湯治場は医学的にも興味深い場所であった。


ライラは寺社へ続く石段を見つけると、そこに祀られた小さな祠へ目を向ける。


「温泉にも神様がおられるのね。」


宗教的遺物の収集家である彼女は、土地ごとの信仰にも強い関心を示した。


一方、マリアは湯治客たちの暮らしぶりを観察しながら、小さく感心する。


「旅人だけではないのね。」


「病を治すために何日も滞在する人もいる。」


やがて案内役に導かれ、浴場の近くまで来ると、三人は思わず足を止めた。


家族連れが笑い合いながら湯へ向かっている。


湯上がりには親が子どもの髪を乾かし、年長の兄弟が幼い弟の背中を流す。


別の場所では、親子が笑いながら互いの肩に湯を掛け合っていた。


その様子を見て、マリアは驚いたように呟く。


「……家族みんなで来るのね。」


「ええ。」


案内役は微笑む。


「湯治は家族で過ごす時間でもあります。」


ライラはその光景を静かに眺める。


「誰も恥ずかしがっていない。」


「ただ、家族として一緒に過ごしているだけ。」


その素朴な空気に、三人は日本の文化の違いを強く感じた。


しばらく歩いた後、マリアはふと思い出したように少弐へ尋ねる。


「そういえば……。」


「以前、北浦で温泉へ入った時は、私たちしかいませんでした。」


「あれも日本では普通だったのですか。」


少弐は少しだけ言葉を詰まらせた。


「それは……。」


どう答えようか迷っていると、そばにいた那須家の供回りが笑顔で口を開いた。


「皆様はご存じありませんでしたか。」


「北浦では、異国からお越しになった皆様が戸惑われないよう、少弐様が小田家の奥座敷を貸し切りになさったのです。」


三人は同時に少弐を見た。


「貸し切りだったの?」


「はい。」


供回りは頷く。


「皆様が安心して旅の疲れを癒やせるように、と。」


「少弐様が前もって手配されたのでございます。」


少弐は照れくさそうに頭を掻いた。


「日本の習慣に慣れておられないと思いましたので……。」


「余計なお節介だったかもしれません。」


マリアは静かに首を横へ振る。


「いいえ。」


「私たちは何も気付かず、自然に過ごすことができました。」


ライラも微笑む。


「気付かれないように配慮してくれるなんて、あなたらしいわ。」


イネスは旅日記を開きながら言った。


「親切って、こういうことなのね。」


その言葉に少弐は少し照れながら笑うしかなかった。


その時だった。


マリアは再び、湯治場で親子が肩を流し合い、笑い合っている様子へ目を向けた。


その光景を見つめながら、小さく呟く。


「……そういうことだったのね。」


ライラが首をかしげる。


「何か分かったの?」


マリアはゆっくり頷いた。


「ギリシャにもローマにも大きな浴場はあった。」


「でも私は、日本の温泉を見て、ただ『混浴』という習慣ばかり見ていた。」


彼女は家族の姿を指さす。


「本当に大切なのはそこじゃない。」


「この国では、お湯を囲んで家族や仲間が自然に時間を共有すること自体が文化なのね。」


イネスもその光景を眺めながら微笑んだ。


「だから誰も特別なこととは思っていない。」


「ただ、家族の時間なんだ。」


ライラも頷く。


「異国の習慣を、自分たちの物差しだけで見てはいけないということね。」


マリアは旅日記に新たな一文を書き加えた。


> 『旅とは土地を巡ることではない。その土地の人々が、何を当たり前として生きているのかを知ることである。』




湯煙の向こうでは、家族の笑い声が穏やかに響いていた。


その何気ない光景は、三人にとって日本という国を理解する、大きな一歩となった。

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