第二章 偽りの角、北海の謎
十月。
琉球を発った「希望」は、穏やかな秋風を受けながら伊予・松山へと針路を向けていた。
台風の季節も終わり、海は静かである。
船員たちはそれぞれの仕事を終え、甲板には久しぶりにゆったりとした時間が流れていた。
夕暮れ時。
マリアは少弐冬明とライラ、イネスを船室へ招いた。
机の上には朝鮮で写した麒麟の写本、琉球で手に入れた犀の角、象牙、セイウチの牙が並べられている。
さらに彼女は船室の奥から一つの古びた木箱を抱えて戻ってきた。
「皆さんに見てもらいたいものがあります。」
そう言って箱を開く。
中には布で大切に包まれた角や牙が数本収められていた。
少弐は不思議そうに尋ねる。
「これは何ですかな。」
マリアは小さく笑った。
「私がユニコーンの調査を始めてから、ポルトガルで**偽物として摘発した『ユニコーンの角』**です。」
ライラが思わず身を乗り出した。
「本当にそんなにあったの?」
「ええ。」
「高価な品だからこそ、偽物も多かったの。」
マリアは一本目を取り出した。
黒く太い一本角。
それを琉球で手に入れた犀の角の横へ置く。
「見てください。」
「長さに違いはありますが、材質も形も一致します。」
少弐は手に取って眺める。
「なるほど……。」
「これは犀の角そのものですな。」
イネスは朝鮮で写した本草書を開く。
そこには犀の挿絵が描かれていた。
「本草書とも一致するわ。」
「少なくとも、この偽物は犀で間違いない。」
マリアは頷く。
「依頼を受けて最初に摘発した品です。」
「一本角というだけで、多くの人が信じてしまったのでしょう。」
続いて彼女は白く美しい一本を取り出した。
少弐は見た瞬間に微笑んだ。
「こちらは象牙ですな。」
「ええ。」
マリアも笑う。
「象牙を削り、一本角らしく加工しただけ。」
「とても精巧でした。」
ライラが感心する。
「知らなければ騙されるわね。」
さらに三本目。
今度は表面に螺旋状の溝が彫られている。
イネスがすぐに気付いた。
「これは後から削った跡が残っている。」
「職人が螺旋を彫っただけね。」
マリアは肩をすくめた。
「こういう品も市場には少なくありません。」
「だから依頼主は、本物と偽物を見分けてほしいと私へ依頼したのです。」
机の上には、
本物の犀の角。
偽物として押収した犀の角。
本物の象牙。
象牙を加工した偽物。
さらに琉球で手に入れたセイウチの牙。
イネスは一つ一つ丁寧に写生していく。
角の太さ。
曲がり方。
表面の質感。
光沢。
旅行記には比較図が少しずつ完成していった。
少弐は腕を組みながら静かに言う。
「つまり、これまでヨーロッパで出回った偽物の多くは犀か象牙で説明できる。」
「はい。」
マリアは頷いた。
「少なくとも、私たちが調べたものはそうでした。」
しかし彼女は最後に、机の中央へ一本の絵を置いた。
それは彼女がかつて北方の商人から見せられた『本物のユニコーンの角』の写生であった。
長く。
真っ直ぐ。
そして美しい螺旋を描いている。
マリアは静かにその絵を見つめる。
「……でも、これは違います。」
彼女は犀の角へ目を向ける。
「犀ではない。」
象牙を見る。
「象でもない。」
そしてセイウチの牙を持ち上げる。
「これとも違う。」
少弐は考え込む。
「では、一体どこから来たのでしょう。」
マリアは旅の途中で集めた情報を思い返す。
「私が聞いた話では、『本物のユニコーンの角』を運ぶ商人たちは、ヨーロッパでもさらに北からやって来るそうです。」
「しかし、その詳しい航路や産地は誰も語りません。」
ライラが首をかしげる。
「どうして?」
「ギルドです。」
マリアは答えた。
「北方交易を担う商人たちは互いに固く結びつき、産地や仕入れ先を秘密にしています。」
「誰にも教えない。」
「だから、本当の産地は分からないままなのです。」
船室は静まり返った。
やがて少弐はセイウチの牙を眺めながら呟く。
「この牙も、初めて見れば海の怪物の角と思うでしょう。」
「ええ。」
マリアは頷く。
「もしかすると北には、セイウチ以上に巨大で、まだ誰も正体を知らない海獣がいるのかもしれません。」
イネスは旅行記の最後の頁へ書き加える。
> 『偽物は、その多くが犀と象であった。だが、本物だけはなお北海の彼方に隠されている。』
船窓の向こうでは、秋の夕日が静かな海を黄金色に染めていた。
ユニコーンの謎は、東洋で麒麟を知り、南海で犀と象とセイウチを見ても、なお解けない。
しかし一つだけ確かなことがあった。
答えは、さらに北の海にある。




